イタリアの歴史に強い興味を持ったのは30年ほど前のこと。イタリア出張の際、週末に時間が空きフィレンツェへ足を踏み入れたときの衝撃は今でも忘れられない。フィレンツェは500年前の歴史が遺る、ルネサンス期の代表的な街。日本とは別の世界がそこにあった。イタリアの歴史をもっと知りたい……そんな強い好奇心に掻き立てられ、出合ったのが、塩野七生さんの著書だった。

昭和電工相談役
大橋光夫

1936年、東京都生まれ。東京教育大学附属中学・高校(現筑波大学附属中学・高校)を経て、慶應義塾大学経済学部卒業後、三井銀行(現・三井住友銀行)に入行。61年昭和電工入社。専務取締役、代表取締役社長、取締役会長を経て、2010年より現職。

塩野七生著『ローマ亡き後の地中海世界』(全2巻)は、ベストセラーとなった『ローマ人の物語』の続編ともいうべき歴史巨編。上巻では地中海の真ん中に浮かぶ島、現在のイタリア特別自治州・シチリアからの目線で、西ローマ帝国が滅亡した後の中世ヨーロッパを描いている。

私は歴史本を読んで感動すると、舞台となった土地を訪れたい願望に襲われる。その場に立ち、主人公がそのとき何を思い、どう行動したか、その判断が正しかったのかなど想像を巡らす楽しさは何ものにも代えられない。帰ってきて本を読み直すと、前とは全く違う読み方になる。

塩野さんの本を読んでから、シチリアに行きたいという気持ちがふつふつと湧いてきた。2500年もの間、さまざまな民族から繰り返し侵略・征服されてきた歴史を持つシチリアの苦しさや辛さと、その歴史がもたらした文化・文明が融合され、今のシチリアにどのように息づいているかを知りたくなったからだ。そこで10年6月、シチリアを10日間ほど家内と一緒に訪れた。当初はゆったりとした旅を考えていたものの、現地に赴くと好奇心で血が騒ぎ、ついつい体が動いて飛ぶように歩いた。

その荒涼とした光景に圧倒的な印象を受けた。“ローマの穀倉”と言われた面影は今はなく、さまざまな侵略者の手によって緑は失われてしまったという。イタリアには何度も訪れたことがあり、北部と南部で違いがあることは知っていた。しかしシチリアは今も昔も南部イタリアではなく、あくまでもシチリアであった。シチリア人の心の中に独特の長い歴史を背負ったある種の憂いを感ずるのは、私だけではないだろう。