「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」
キリスト教圏の国々では「政教分離」になっています。カトリックの最高指導者はローマ教皇です。ローマ教皇はカトリック教徒の精神的な指導者ではありますが、政治的指導者ではありません。政治と宗教の役割が分離されています。
その根拠となっているのが、「マタイによる福音書」の次の記述です。
イエスが多数の信者を従え、勢力が拡大していくのを面白く思わなかったユダヤ教徒の一派(ファリサイ派)が、イエスを試そうとします。ローマ皇帝に税金を納めることは律法に適っているかどうかを尋ねるのです。
イエスが「適っている」と答えれば、ローマ帝国に屈服していると批判し、「適っていない」と答えれば、脱税の罪で告発しようというわけです。
すると、「イエスは彼らの悪意に気づいて言われた」というのです。
「偽善者たち、なぜ、わたしを試そうとするのか。税金に納めるお金を見せなさい。」彼らがデナリオン銀貨を持って来ると、イエスは、「これは、だれの肖像と銘か」と言われた。彼らは、「皇帝のものです」と言った。
すると、イエスは言われた。「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」彼らはこれを聞いて驚き、イエスをその場に残して立ち去った。
これが、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」という有名なフレーズです。イエスは、こう言って罠から逃れたのです。
この一節が根拠になって、「皇帝のものは皇帝に」とは、政治に関しては世俗の政治家に任せ、キリスト教徒は関与しないという考えが定着するのです。