寺院で精進料理の修業

そして泉緒は、精進料理の料理人を志す。きっかけは、亡き祖父の墓参りに行ったときのこと。

泉緒は年に4回、祖父の墓前に近況を報告に行くようにしている。そこで、今思っていること、感じていることをすべて祖父に伝えているという。

24歳のとき、家族の状況や、今の自分の状況を伝えた。自分は、もっと大きな仕事がしたい。世界に通用する、たくさんの人を喜ばせる、社会の役に立つ仕事がしたい……。

そう祈ったとき、なぜかふと「精進料理をやりなさい」と言われた気がした、という。

思ったことは実行に移すのが、泉緒の強さでもある。調べると、精進料理は京都府宇治市にある黄檗山萬福寺で栄えたことがわかった。そうなれば、当然そこで修業をする、と思うのが泉緒である。

萬福寺は仏教の寺院。当時、女性が修業をすることはなかった。住職からも「あきらめて、お引き取りください」と言われた。

しかし、泉緒は頑として引かなかった。一週間、毎日のように寺を訪れ、修業させてほしいと座り込んだ。まさに、念ずれば通ず。

萬福寺では史上初、女性として精進料理の修業を積むことになった。

コンビニの廃棄弁当をゴミ袋から拾って食べた日々

実は、萬福寺で修業をする前、泉緒は1週間のホームレス生活を経験している。

ホームレスのテント
写真=iStock.com/Canetti
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今でこそ怖いものが少ない泉緒だが、当時は死ぬこと、老いて何もできなくなること、お金がなくなって人に迷惑をかけることに恐怖を感じていたという。そして、それを克服したいと思っていた。

とはいえ、老いることはできないし、死ぬこともできない。

そう考えると、「お金がない状態」になることは、今の自分でもできるような気がした。当時賃貸で借りていた家を解約し、敷金・礼金も含め、有り金をすべて妹に渡した。

「どうするの?」と聞かれたので「ちょっと旅に出てくる」と答えた。

そして、ホームレス生活を始める。鎌倉駅近くの公園で寝泊まりし、賞味期限切れで廃棄されたコンビニの弁当をゴミ袋から拾って食べた。

何にも頼らず、何も欲せず。夜の寒さに凍えながら、「ただ生きる」ことを経験した。それから、萬福寺での修業に入ったのだという。

萬福寺は全国から修行僧が集まる大本山。

当時24歳の泉緒が寝泊まりするのは修行の妨げになる。ついては、近所にアパートを借りなくてはならない。だが、泉緒にはお金も、人脈もない。

困った……と思っていたところに、救いの手が差し伸べられた。近くのアパートの大家が「家賃は格安、後払いでいい」という条件で部屋を貸してくれた。さらに、萬福寺の関係者が洋服や家財道具も提供してくれた。

「人のご縁で、生きていくことができる」

泉緒の人生観が大きく変わった出来事だったという。