ここぞとばかりに季長は畳みかける。

呉座勇一『武士とは何か』(新潮選書)
呉座勇一『武士とは何か』(新潮選書)

「土地をめぐる裁判や、日本国内での合戦の勲功でしたら、決められた手続きに則って申し上げます。ですが異国との合戦は前例のないことです。手続きにこだわらなくても良いでしょう。手続きから外れているという理由で景資殿にお尋ねなさらず、それがしの先駆けの功が将軍のお耳に入らないことになっては、武士としての面目が立ちません」と長広舌ちょうこうぜつをふるった。

泰盛は「言いたいことは分かるが、幕府の恩賞は、手続きに則った申請がなければ与えられないのだ」と説得を試みる。けれども季長はあきらめない。

「重ねて申し上げるのは恐れ多いことですが、すぐに恩賞を賜りたいと訴訟しているわけではございません。先駆けの功についてお尋ねいただき、偽りであったならば、勲功を捨てて、それがしの首を差し上げます。事実であると明らかになりましたら、将軍にご報告いただき、それがしの名誉としたいのです」と訴える。

恩賞目当てではなく、あくまで武士の名誉の問題であると再三強調している点に、季長のしたたかさがうかがえる。

ゼロ評価から一転、「奇異の強者」に

根負けした泰盛は「合戦の功績については承った。必ず将軍のお耳に入れよう。恩賞も間違いあるまい」と請け合った。後日、呼び出された季長は泰盛から恩賞の沙汰を言い渡され、さらに馬を与えられた。季長はよほど嬉しかったらしく、絵巻では馬を拝領する場面が印象的に描かれている。

『蒙古襲来絵詞』前巻、絵十。安達邸で安達泰盛から馬を拝領する竹崎季長。
『蒙古襲来絵詞』前巻、絵十。安達邸で安達泰盛から馬を拝領する竹崎季長。(図版=CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

泰盛はなぜ季長に恩賞を与えたのだろうか。季長が泰盛の家人から教えてもらった話によると、泰盛は季長について、己の首を賭けて恩賞を迫る「奇異の強者こわもの」と評し、後日の一大事に役立つ男だと語ったという。

安達泰盛は時の執権、北条時宗ときむねの舅である。幕府の重鎮を相手に一歩も引かずに啖呵たんかを切った季長の度胸を、泰盛は買ったのだろう。季長は「名ぜりふ」によって人生を切り開いたのである。

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