東京・江東区大島の焼き鳥店「やきとり日和」では、30代の薬剤師と80代の先代女性が、並んで鳥を焼いている。元の店は1982年創業の「徳光」。2024年秋、高齢を理由に閉店が決まったが、隣の薬局で働く蛯原崇晶さんが、“ほぼ勢いだけ”で後継者に名乗り出て店を継いだ。なぜ経験ゼロの薬剤師が、店の暖簾を引き継ぐことになったのか。フリーライターの川内イオさんが迫る――。
蛯原崇晶さん
筆者撮影
焼き鳥店を継いだ蛯原崇晶さん。勤務先は隣の薬局だ

“お隣さん”の焼き鳥店を継いだ薬剤師

東京・江東区にある「やきとり日和」。86歳にして慣れた手つきで鳥を焼く徳田千恵子さんに、「来週、120本の注文が入りました」と報告するのは、オーナーの蛯原崇晶さんだ。ふたりは異色の師弟である。徳田さんは「やきとり日和」の前身にあたる1982年創業の焼き鳥店「徳光」のオーナーで、2024年秋、高齢を理由に店を畳むことを決めていた。

「やきとり日和」外観
筆者撮影
都営新宿線の大島駅から徒歩2分の「やきとり日和」

閉店の報を聞いてショックを受けたのは、薬剤師として徳光の隣りにある「あい薬局2号店」で働いていた蛯原さん。徳光の焼き鳥が好きで、「いつもニコニコ、フレンドリー」な徳田さんのファンだった蛯原さんは、ほぼ勢いだけで後継者に立候補した。

2024年12月、店名を「やきとり日和」に変えて再オープン。それから1年半、店主としてはまだ頼りない蛯原さんのサポートをするため、徳田さんは現在週2日、出勤する。

一方の蛯原さんは、毎週金曜日、隣りの薬局で白衣を着て勤務する。なんと、薬剤師と二足の草鞋を履いているのだ。いや、正確には二足ではないのだが、詳しくは後述する。

大量注文の話を聞いて、「それは良かったねえ」と穏やかな笑みを浮かべる徳田さん。蛯原さんは褒められた孫のように誇らしげだ。

成功を確信していたわけではない。背水の陣というわけでもない。それまで焼き鳥となんの縁もなかったのに、「好き」だけを理由に老舗の後を継いだ薬剤師の現在地――。

最初の勤務地が「大島」という縁

蛯原さんが「徳光」を知ったのは、あい薬局で働き始めた2024年6月。同じ職場の同僚から「すごくおいしい」という評判を聞いて、買いに行ったのが始まりだ。

「安いし、めちゃおいしかったです。それに、徳田さんが常連さんと話してる姿が印象的でした。長年やっているお店として、地域に愛されてる感じがしたんです。町自体の居心地の良さも魅力的だなと思いました」

蛯原さんは1989年、東京の葛飾区で生まれた。子どもの頃はまだ地元の商店街に活気があり、人と人の距離が近い下町文化でのびのびと育った蛯原さんは、徳田さんと常連客のやり取りを見て懐かしく思ったそう。

同時に、「こんなにいい雰囲気のお店が、この町にあったんだ」という驚きも感じた。というのも、徳光がある江東区の大島は、蛯原さんが大学卒業後、薬剤師として最初に働いた大きな病院があるのだ。

そもそも、蛯原さんはなぜ薬剤師になったのか? 小学生の頃から理数系の科目が得意で、分け隔てなく人と交流するタイプだった蛯原さんは、高校時代、医療福祉系に進もうと考えていた。医師や検査技師などいくつかの選択肢があるなかで、担任教師から「薬学部はどう?」と勧められたこともあり、特に深く考えず、薬学部に進学した。