ロシアのウクライナ侵攻を止める方法はあるのか。テレビ東京の豊島晋作記者は「いっそプーチン大統領が暗殺されれば戦争が終わるのではないかと考えるかもしれないが、可能性は限りなく低い。ロシア軍には、内部からクーデターが起きにくい独特の構造がある」という――。

※本稿は、豊島晋作『ウクライナ戦争は世界をどう変えたか 「独裁者の論理」と試される「日本の論理」』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

ロシアのプーチン大統領(2022年8月3日、クレムリン・モスクワ)
写真=SPUTNIK/時事通信フォト
ロシアのプーチン大統領(2022年8月3日、クレムリン・モスクワ)

「暗殺されれば平和が戻る」と考えるかもしれないが…

ウクライナへの軍事侵攻を決断したのは、言うまでもなくプーチン大統領だ。今後さらに続けるか撤退するかについても、間違いなく最大の決定権を持っている。

ではもし、プーチンが大統領の座を退くことがあれば、戦闘は一気に終結するのではないか。いっそ暗殺されれば、世界に平和が戻るのではないか。平和を願う誰もが一度はそう考えたかもしれない。まして、身内をロシア軍に多数殺害されて怒りに震えるウクライナの人々なら、それを望むのは理解できる。

その可能性はどこまであるのか、本稿で探ってみたい。もちろん道義的、法的に正しいのか、デリケートな問題でもあるが、国際的にどう議論されているか、また国家間のルールである国際法の観点から思考実験することには相応の価値がある。

ロシア軍によるクーデターはあるのか

ロシア国内でのプーチン政権の転覆、つまりクーデターの可能性はあるのだろうか。

クーデターを起こすには、物理的に政権を掌握しなければならないため、武力を使って実力行使に出る能力が欠かせない。だとすれば軍部、あるいは治安機関、情報機関の高位の人物が関与することが前提条件となる。

歴史を振り返れば、ロシアは帝政ロシアの時代から、ロシア革命、ソ連の崩壊、現代ロシアへと、体制変革を何度も経験してきた。またソ連崩壊後からプーチンが第2代大統領に就任するまでの約9年間の激動期にも、いずれも失敗したもののクーデターは何度も起きている。

1991年には、国防相やKGB議長を含む保守派がクーデターを行うが失敗。初代大統領ボリス・エリツィンが権力を掌握する流れを決定づけた。また93年には、元軍人のアレクサンドル・ルツコイ副大統領がクーデターを画策したが失敗、エリツィン大統領が勝利した。

さらにクーデターと呼ぶほどではないが、98年には退役軍人のレフ・ロフリン将軍が政党を組織して政権掌握を目指したが、別荘にてなぜか妻に銃で殺された。陰謀論など多くの憶測を呼ぶ事態となったが、体制に影響はなかった。

軍やKGB幹部と協力し、失脚に追い込む

成功例を挙げるなら、むしろ体制そのものが強固だったソ連時代のほうが多い。まず独裁者スターリンが死去した直後の1953年、ソ連は集団指導体制に移行するが、中でも事実上の最高権力者となったのがラヴレンチー・ベリア内務相だった。ところがわずか3カ月後、共産党書紀だったニキータ・フルシチョフらによって唐突に権力の座から引きずり下ろされ、その半年後には銃殺された。