今日のFSB長官はアレクサンドル・ボルトニコフ。2008年からずっとこの地位にあり、権力基盤は十分安定している。ただ、プーチンの側近中の側近であり、関係も深いので、クーデターを起こすことは考えにくいとされる。

またこれだけキャリアが長いため、今のFSBの中堅・若手職員はボスといえばボルトニコフしか知らない。また国家のトップといえばプーチンしか知らない。仮に不平・不満があっても、代替できそうなボスや指導者、あるいは政策を思いつけないのである。その意味でも、クーデターを引き起こせる環境にはないのかもしれない。

美しいモスクワの街並み
写真=iStock.com/Mordolff
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150人を一斉に“粛清”したプーチンの思惑

ただし、開戦から2カ月弱ほどたった4月ごろから、プーチンとFSBの間に大きな緊張が生まれている。明るみに出たのは、FSB情報要員150人が解雇・追放されたためだ。旧ソ連諸国をロシアの勢力圏にとどめる任務を持つ「第5局」の職員が中心と見られるが、一部は逮捕されたとの情報もある。また第5局局長のセルゲイ・ベセダ准将、副官のアナトリー・ボリョクらも逮捕され、刑務所に投獄されたとの情報が出ている。これは、ほとんど粛清に近い。

この事態から想像すると、FSBとプーチンの間で、あるいはFSB内部で何らかの権力闘争に近い事態が進行していた可能性もある。プーチン側が何らかの動きを察知して、先手を打ったのかもしれない。

実際に何が起きているかは不明だが、いずれにせよ政権を揺るがすような大事には至らなかった。実はもう一つ、不穏な動きを事前に察知する仕組みがあるからだ。

ロシアには、FSB以外にも複数の治安機関・情報機関が存在する。これらも互いに牽制けんせいし合っているのである。例えば以下の組織だ。

監視役を互いに競争させ、台頭を許さない

FSO(ロシア連邦警護庁)
先にも紹介したが、プーチン大統領の警護などを担う組織。大統領の核兵器発射ボタンへのアクセスを常に確保しておく任務も担う。

SVR(ロシア対外情報庁)
セルゲイ・ナルイシュキン長官がトップ。開戦直前に開かれた会議で、プーチン大統領に叱責される映像が話題となったが、大統領との関係は非常に深い。

FSVNG(ロシア連邦国家親衛軍庁)
2016年にプーチンが新設。「ロスグヴァルディア」とも呼ばれる治安維持組織。事実上、プーチンの親衛隊のような組織と見なされている。ウクライナではキーウ攻略戦などに参戦したとも報道されており、12人の要員がウクライナへの派遣を拒否して解雇されたと見られる。

GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)
ショイグ国防相がトップを務める軍の情報機関。