中村邦夫の「静にして幽」
未来のためには「遺産」をも捨てる
中村邦夫さんの、どこが凄いのかと問われても、1冊の本にしても書ききれない気がする。だが、あえて一つの答えを出す。静かなる「突破力」だろう。
「米欧の金融危機で円高が進み、みなさん、どうなることかと不安になっていることでしょう。でも、かつて1ドル=80円もの円高を経験し、それに耐えた企業が勝ち残ってきたのです。けっして、悲観的になることはありません」
08年11月5日、大阪府門真市のパナソニック本社講堂。中村さんは、世界経済の急変に不安を隠せない役員・幹部ら約200人に、こう言い切って、危機克服への積極的な取り組みを促した。
各部門のトップを集めて経営方針の確認・浸透を図る「経営責任者会議」は、海外の主要拠点にもテレビ中継される。中村さんの言葉は、カメラを通じて世界を走り抜けた。ゆっくりとした口調で、ときに大きな目をかっと開き、説くように語る。そして、求めているのが、どの会社にも負けない「突破力」だ。
「軍に将たるの事は、静にして以て幽なり」――兵法の書として読み続けられる『孫子』は、リーダーの大切な心得として、どんな危機にも平然とし、奥深く思いを及ばせることを説く。
2000年6月に社長に就任し、「破壊と創造」を掲げて業績をV字回復させた。創業者・松下幸之助が確立した事業部制の廃止、大規模な早期退職の募集、松下の名を冠した子会社群の吸収――幸之助時代には考えられなかったことを、次々に進めた。社内外が驚き、メディアもざわめいた。だが、大企業病に緩みきり、坂道を転げ落ちるような状態だった松下グループ(現・パナソニックグループ)を再生させるためには、中村さんには、すべて「突破」すべき壁だった。
トップの座に立つと、だいたいの人は、すぐに何か新しいことをやりたがる。追い風の下であれば、それでも組織は前へ進むだろう。だが、逆風下では、全く手順が違う。「老朽化」して足手まといなものを、捨てることが先だ。重荷を残したままでは、スピードは出ない。だから、どれだけ大事にされてきた「遺産」であろうと、「未来」のために捨てる。