※本稿は、チェ・ジウン著、オ・ヨンア訳『ママにならないことにしました』(晶文社)の一部を再編集したものです。
はたして結婚は母にとってプラスだったのか?
非婚主義者の20代女性と話をしていて、こんなことを聞いたことがある。
「結婚しないって母に話したら、『もしかして私のせい?』と言うんです。子どものころ、両親がよくけんかしてたんですけどね。そのせいで結婚をネガティブに考えるようになったんじゃないかって、申し訳ないって言われたんですが、私が非婚を決めたのと両親はなんの関係もありません」
実は私は子どもを産まないことにしたときに似たような心配をした。もしかして両親がわが子の非出産に自分たちの責任を感じたらどうしよう? 両親とはなんの関係もないのに? でも一方では、人生での多くの選択は自分が根を下ろして生きてきた土壌の影響から完全に自由になるのは難しいとも思った。
【ユリム】以前、私が結婚しないと言ったら母が「お前が、お母さんとお父さん見て……」と言うんですね、子どもを産まないと言ったときも同じようなことを言われて、こちらが悲しくなったんです。でも、完全に否定もできないなと。少し大きくなってからは思ってたんですよ。私が見てもうちの母はすごい人で、結婚がはたして母にとってプラスになったのだろうか? って。母は父を手伝い、私を育てることを不幸だとは思っていないと思いますが、経済権なんかは父にあるので、何かをしようとするといつも制限されて父に依存するしかなかったと思うんですね。だから「ママのせい」で結婚をせず、子どもを産まないというわけじゃないんですけど、影響が全くないとは言えないと思います。
※ユリム 38歳。結婚6年目。医師。会社員のパートナーと京畿道一山に暮らす。
嫁や妻として献身する母の姿に複雑な感情があった
【ヨンジ】両親、とくに母が子育てのためにすべてを諦めてきたのを見て、女性として私はそうなりたくないと思いました。母が私たち姉妹を育てながら「お前たちは男に頼らないで生きなさい、経済的に独立しないとだめ」と言っていたんですね。でも、私が子どもは産まないと言ったら、後悔してると言われました(笑)。「いい人と結婚して幸せに暮らしなさい」と言って育てるべきだったと。
※ヨンジ 39歳。結婚9年目。造船所勤務のパートナーと猫2匹と、慶尚南道統営で暮らす。書店と読書会、文章教室を運営。
私もまた家父長制のもとで結婚という制度の不平等を肌で感じたのは、両親を通してだった。教師だった母は9人兄弟の長男だった父と結婚して私たち姉妹を産み、父の職場についていき、地域を転々とし学校をやめた。母の結婚生活のうち10年は義両親と一緒で、亡くなる前の介護も嫁である母の役目だった。教育への関心が高いほうだった両親は、私たちにできる限りの支援を惜しまず、そこにはお金だけでなく相当の時間と労働力が注がれた。ヨンジの母親がそうだったように、我が家もまた「女もしっかり勉強していい就職先をみつけなさい」と言って娘たちを育てた。
もちろん2人の娘は30代半ばになっても結婚しないので老婆心が出てきてもいた。私は私とほとんどそっくりの(自己中心的という意味だ)性格をした父が意外にもかなり責任感のある養育者だったという事実に感謝はしているが、母が長男の嫁として妻として母として絶えず目に見えない労働をしてきた時間に対しては、ずっと複雑な感情を抱いてきた。