昨年11月に亡くなった作家の瀬戸内寂聴さんは食通としても有名だった。長年秘書を務めた瀬尾まなほさんは「先生は大のお肉好きだったけれど、『最後の晩餐に食べたい』と言っていたのはお肉ではなかった」という――。

※本稿は、瀬尾まなほ『#寂聴さん 秘書がつぶやく2人のヒミツ』(東京新聞)の一部を再編集したものです。

99歳で亡くなった瀬戸内寂聴さん(左)と瀬尾まなほさん
99歳で亡くなった瀬戸内寂聴さん(左)と瀬尾まなほさん(『#寂聴さん 秘書がつぶやく2人のヒミツ』より)

寂庵はいつも旬の物であふれていた

寂庵は、年中、全国の美味や珍味であふれていた。こんなに多種多様な食べ物を全国各地から送ってもらえることも珍しいだろう。すべて、先生に食べてほしいと送って下さり、私たちもそのおすそ分けをいただいていた。

季節ごとに旬の物を送っていただけるので、その食べ物の一番おいしい時季にいただく幸福を知ることができた。その経験を生かして、雑誌『クロワッサン』で食べ物についての連載を始めることもできた。

瀬尾まなほ『#寂聴さん 秘書がつぶやく2人のヒミツ』(東京新聞)
瀬尾まなほ『#寂聴さん 秘書がつぶやく2人のヒミツ』(東京新聞)

季節の物をいただくと、春や秋など四季の訪れを感じることができる。夏は京都でははもが名物。関西の水ナスも、みずみずしくておいしい。柿が届いて「もう秋だね」なんて先生と話すこともあった。

毎月、和菓子屋さんから届くお菓子にも季節を感じる。4月は桜餅、5月は柏餅、6月は水無月(白ういろうの上に小豆を載せたお菓子)……。お菓子は、目で見て美しさを楽しむこともできる。

寂庵に来る前は、こんな経験はしていなかった。「この果物はいつが旬」だなんて、気にもしていなかったから。本当にありがたいことだ。

「最後の晩餐に食べたいものは…」

よく知られているけれど、先生は大のお肉好きだった。食卓にお肉がなく、魚が続くと文句を言う。「いつも魚ばっかり」って。お肉の中でももちろん、牛肉が大好き。少しでも、毎日食べたい派。そして、なんだかんだよく食べた。90代になってもコース料理はみんなと同じくらい食べられていたし、亡くなる少し前でも、先生と私の量が違うと「なんでそっちのほうが多いの?」と恨めしそうに……。30代の私と同じ量を食べようとする先生、すごすぎます。

さすがに近年は、実際にはそこまで食べられなかった。ただ、恨めしく思うようで、そんな先生を私はとてもおちゃめに感じていた。

先生の好きなもの……お豆、カラスミやバチコ(干しクチコ)などお酒のつまみ、おかき、チョコレート、パスタなどなど。

先生は亡くなる前、「最後の晩餐ばんさん」に食べたいものは、京都にある「大市だいいち」という店のすっぽんのお鍋だと言っていた。私も何度か連れていっていただいたけれど、コークスで1600度に近い温度で炊き上げるそのお鍋はいつまでもグツグツ。基本的にお鍋しか出てこない。天ぷらや小鉢などは出てこなくて、お鍋のみ!

この「大市」は、江戸中期創業、約340年続く老舗。まだ東海道新幹線が開通していない時代、大作家たちが、わざわざ東京からこのすっぽん鍋を食べにくるほど有名だったそう。先生も初めは作家の里見さとみとんに連れられて行ったとのこと。