江上 剛●えがみ・ごう 1954年、兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。旧第一勧銀時代に総会屋事件を収拾し、映画『金融腐蝕列島 呪縛』のモデルとなる。2002年に『非情銀行』で作家デビュー。著書に『円満退社』『合併人事』『さらば銀行の光』など。

新潟県燕市。洋食器の製造拠点として有名なかの地に、器物の研磨で「奇跡の職人」と呼ばれる人がいる。山崎研磨工場の山崎正明代表だ。

作家の江上剛氏は彼にこんな質問をしたという。自社ブランドで成功しているのだから、下請けの仕事は減らしていくのですか――。当然、自社ブランド一本でいくという答えを期待したが、返ってきた答えは意外にもノーだった。

「その理由は下請けの仕事をしないと技術が伸びていかないから。自社ブランドだけだと自己満足になってしまうというのです。彼は下請けであることにプライドを持って仕事をしている。そこにおもしろさと日本のモノづくりの強さを感じたのです」

小説家として一家を成す江上氏がなぜ今、モノづくりに関するノンフィクションを書いたのだろうか。

「日本のモノづくりに対する危機感です。今、日本でモノづくりを続けていくのは厳しい時代だと言われています。確かに価格競争力では新興国にかないませんが、生き残るための道はある。いや、残っていかなければいけない。そのためのヒントを提供しようと考えたのが本書執筆のきっかけです」

取材先の企業規模や製造物はバラエティーに富んでいる。コニカミノルタやキッコーマンといった大企業から沖縄の泡盛メーカーや製糖会社といった中小企業まで。冒頭で紹介した山崎研磨工場に至っては、家族3人だけの零細企業だ。

だが、どの会社にも共通していることがある。それはモノづくりに携わる人たちが皆、「職人」として生きていることだ。

「取材でアジア諸国を訪問したことがあるので、そういった国にも優秀な人がいるのは知っています。しかし彼らは一つの工場にとどまるのではなく、より高い賃金を出す工場を見つけたらそちらに移ってしまう。その点、日本でモノづくりに携わる人は違います。もちろん給料は大事ですが、それ以上に自分の仕事を追求することに価値を見出している。金銭での評価にかかわらず、きっちりとした仕事をしようというマインドが工場で働く人たちにもあるのです」

そしてそういう人たちが働く場を残すことが、いつか、この国の財産になるというのだ。

今回、取り上げた企業は8社。モノづくり企業はもちろん日本にまだたくさん残っている。続編の執筆があるのかどうかと水を向けると、「続きはフィクションで」との答え。“小説職人”としての顔がのぞいた。

(石橋素幸=撮影)