佐藤 剛●さとう・ごう 1952年、盛岡市生まれ。高校までを仙台で過ごす。74年、明治大学卒業後、音楽業界誌の営業・編集を経て、77年からアーティストのマネージメントに携わる。THE BOOM、ヒートウェイヴ、中村一義らを手掛け、現在はソノダバンド、由紀さおりをプロデュース。

ザ・ブーム、宮沢和史のプロデュースをはじめ30年以上、音楽づくりの現場に携わってきた。本の執筆は初めてだ。

「まずはこの国で認められる歌をつくりたい。そのうえで世界に通用する歌をと思ってやってきた。でも、坂本九の『上を向いて歩こう』を超える曲はつくれない。自分にもつくれないし、自分より能力がある人たちがたくさんいるのに、つくれていない。この歌には何か特別なものがあるのではないか」

それが何か知りたいと、書き手候補を3人用意して、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーを訪ねた。

「それはいい。ただし条件がある。剛さん、自分で書いて」

その場でジブリの機関誌「熱風」への連載が決まった。

「上を向いて歩こう」が言語の壁を越えて受け入れられたのは、それが哀歌だったからだと著者は考える。「上を……」を作詞作曲した永六輔、中村八大をはじめ、歌の生まれた社会的背景、これまで表に出てこなかった関係者の存在やエピソードに丁寧に光を当てつつ、それぞれの人々の祈りともいえる思いが明らかになっていく。著者自身が携わったザ・ブームのヒット曲「島唄」もまた、哀歌だ。

「3年かけて調べながら、ある程度資料を読み込んで、直接には関係ない近代思想や哲学書を読んでいるときに閃いたり、どの切り口でいこうかというので書いて、違ったというので書き直したり。対象の中に入り込んで乗り移ったようにならないと書けないというのもわかった」

どの章にも作者のきっちりとした仮説があるのが印象的だ。

「仮説を立てて証明していくんだけれど、裏切られる。事実がはるかに仮説を超えていったことのほうが多かった」

その意味ではノンフィクション作品としてはもちろん、ミステリーのようにも読める。これを音楽史と捉える専門家もいると思うが、音楽をあまり知らないビジネスパーソンのほうが先入観なしに読める分、気づきが多い本かもしれない。

(葛西亜理沙=撮影)