一流選手が常に「まだ課題がある」と口にする理由

面談をしていて、「私はコツコツ努力するタイプです」と言う人を、私は信用しない。その言葉を聞いたとたん、「コイツはダメだな」と思ってしまう。

むろん、コツコツ努力するのは、まったく努力しないよりははるかにいい。しかし、コツコツ努力する人が大きく成長することはないし、一流の人間になることもない。

一方、一流のスポーツ選手の言葉を聞いていると、ある共通項の存在に気づく。「まだまだ努力が足りない」「まだまだたくさんの課題がある」というように、一流になればなるほど、自分はまだ目標に到達できていないと、謙虚というより自然に口にする。しかし彼らは、コツコツ努力するとは決して言わない。

これは、脳の仕組みから考えると、とてもよく理解できることだ。脳には自己保存本能がある。文字通り「自分を守りたい」という本能だ。より根源的な脳の3つの本能、すなわち「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」のうち、「生きたい」という本能から派生してくる、第2の本能である。

コツコツ努力するとは、一歩一歩着実に努力しようということであり、この言葉の背後には、「失敗しないよう慎重に事を運ぼう」という意識が隠れている。失敗すると自己保存が危うくなる。だから失敗しないように、コツコツやろうというわけだ。

自己保存本能は人間にとって大切なものだが、「失敗するかもしれない」という否定語は、この自己保存本能に過剰反応を起こさせて、脳の働きにブレーキをかけてしまう。それゆえ、コツコツやるという人は、自分が現在持っている以上の力を発揮することが難しいのである。

反対に、とても到達できそうにない目的に向かって一気にかけ上がろうと考えると、脳は信じられないほど高いパフォーマンスを示してくれる。つまり、実際は長距離走の場合でも、短距離走のつもりで全力疾走を繰り返すことで、あるところから人間の能力はぐーっと伸びてくる。

そして一気、一気でダッシュを繰り返して、ふと気付くと、到底超えられそうもなかった壁を突破しているものなのだ。そんな人のことを世間は、異様な集中力を持った人と呼ぶ。

一流のスポーツ選手がみな謙虚な言葉を口にするのは、無意識のうちにこの脳の仕組みを知っているからだろう。彼らは、簡単に手の届く目標に向かってコツコツと努力などしない。

常に、高い目標を掲げて、目の前の事に全力投球しているからこそ、「まだ足りない」と口にするのだ。彼らは決して、謙虚な性格の持ち主ではないのである。

北島選手へのアドバイスで難しかったのは、ブレンダン・ハンセン選手の存在についてだった。ハンセンは当時、100メートル平泳ぎの世界記録保持者であり、北島の最大のライバルだった。

これはスポーツだけでなく、あらゆるジャンルに言えることだが、人間は結果を求めると、持てる能力を十分に発揮することができなくなる。スポーツで言えば、「敵に勝とう」と思った瞬間、能力にブレーキがかかってしまう。

なぜかと言えば、これは脳の持つ根源的な本能に反することだからだ。