「自分だけお金がもらえるように、裏工作でもしたんやろう!」

両親も夫も亡くし、子どももいない伯母の喪主は、本来ならすぐ年子の弟である父親が務めるべきだったが、父親は脳梗塞の後遺症で杖をつかなければ歩けないばかりか、失語症と高次脳機能障害もあるため難しい。そこで生前から、喪主は和泉さんが務めるよう伯母に頼まれていた。

伯母を看取った和泉さんは、思いの外大きな精神的ダメージを受けていた。そのダメージは、伯母の葬儀を滞りなく終えたあとも一向に回復しなかった。回復しない理由は、伯母に対する悲しみや寂しさが深かっただけではなく、落ち着いて伯母の死と向き合う時間がとれなかったためだ。

6人きょうだいの伯母と父親は、伯母が長女、父親が長男で、次女は遠方に嫁いでからは、長年会っていない。三女は結婚して同じ市内に住んでいる。次男は自衛隊に勤めてていたが、49歳で突然練炭自殺してしまった。三男はもともと遠方で暮らしていたため疎遠になっていたが、数年前に病死している。

このうち、同じ市内に住む、伯母より6歳下、父親より5歳下の、三女である叔母が、和泉さんと父親に連日嫌がらせをしてきたのだ。

父親によると、伯母と叔母は、子どもの頃から仲が良くなかったらしい。夫に先立たれ、子どももいない伯母は、自分の家や土地など、財産すべてを和泉さんに相続させるつもりだった。そのため伯母は、亡くなる2週間前に緩和病棟で公証人立ち会いの下、公正証書遺言を作成する形で手続きを行ってくれた。

しかし、叔母はこれが気に入らない。葬儀後、相続のことを知った叔母は、「自分だけお金がもらえるように、裏工作でもしたんやろう!」と大騒ぎし、毎日のように和泉さんの家に押しかけてきては、ドアをどんどんと叩き、外で暴言を叫び続けた。

こうした嫌がらせが10日以上も続き、和泉さんは仕事に出かけることもできない。結局、退職に追い込まれた和泉さんは、ついに警察に相談。警察が仲裁に入ってくれたことでようやく叔母は引き下がったが、この騒ぎのせいで和泉さんは精神的にボロボロに。気付けば伯母の葬儀から2週間も経っていた。

「『いろいろ精神的にきついけど、僕がしっかりせないかん……』とは思うものの、ふと気が付くと県営住宅の3階にある家のベランダからぼーっと下を覗き込んで、『このままいっそ飛び降りてしまおうか……』と思うようになっていました」

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数年前、父方の叔父が49歳で自殺していることから、「このままではまずい!」と思った和泉さんは、心療内科を受診。診断は、不眠症、適応障害、軽度な鬱病だった。

父親の糖尿病網膜症、伯母の死と、度重なる身内の不幸に、和泉さんにさらに追い打ちをかけたのは、高校2年から付き合っていた彼女からの別れ話だった。

「おそらく、父親の介護があり、僕はフルタイムで働くことができないため、将来が不安だったからだと思います……」

2014年。父親はかれこれ半世紀近く県営住宅3階の同じ部屋に住んでいるが、建物自体がかなり老朽化しているだけでなく、エレベーターがない。そのため脳梗塞になってから、杖をついて3階まで上がらなければならない父親のことを心配した他の住民が、県に相談してくれたおかげで、和泉さん父子は1階の部屋へ移ることができた。