現在、九州地方に住む男性(30歳・独身)の生い立ちは壮絶だ。父は酒乱で暴力を振るい、母はパチンコ狂で借金取りに追われる。夫婦喧嘩も日常茶飯事。荒れた家庭の中で、自身も不登校になり、中学時には酒やタバコ、深夜徘徊……。その後、脳梗塞の後遺症に苦しむ父親の介護をすることになる――(前編/全2回)。
兄と妹
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この連載では、「シングル介護」の事例を紹介していく。「シングル介護」とは、主に未婚者や、配偶者と離婚や死別した人などが、兄弟姉妹の有無に関わらず、介護を1人で担っているケースを指す。その当事者をめぐる状況は過酷だ。「一線を越えそうになる」という声もたびたび耳にしてきた。なぜそんな危機的状況が生まれるのか。私の取材事例を通じて、社会に警鐘を鳴らしていきたい。

酒乱の父、パチンコ狂の母、やがて両親は離婚した

九州在住の和泉直也さん(30歳・独身)は、土木関係の仕事をする父親と看護師の母親の間に生まれた。2人はなかなか子どもに恵まれず、和泉さんが生まれたとき、すでに父親は40歳、母親は29歳。結婚して10年の月日が流れていた。

父親は待望の息子をとてもかわいがった。和泉さんが5歳くらいの頃には、父親は和泉さんを職場へ連れていき、ダンプカーやミキサー車に乗せたり、昔から続く地元の祇園祭に参加したりして、大きな山鉾を親子で動かす貴重な経験をさせてくれた。

しかし、父親は酒を飲むと暴れ出し、手がつけられない状態になることもしばしば。ちょっとしたことでキレて、母親に殴る蹴るの暴力を振るうのは日常茶飯事で、時には「生きていても楽しくない」と言って家に火をつけようとしたこともあった。

一方、母親はパチンコにのめり込み、看護師の夜勤明けにパチンコへ行き、なかなか家に帰ってこないことも。父親が携帯電話に連絡して、母親がすぐに出なかったり、着信があったのに連絡を返さなかったりすると、父親は母親の浮気を疑い、嫉妬心から包丁を手に母親を追いかけ回したこともあった。

それでも、父親は和泉さんには優しかった。小学3年の頃、プロレスに興味を持った和泉さんは、深夜のテレビ放送を見ようと頑張って起きていた。だが、幼い和泉さんは睡魔に勝てず、始まる前に眠ってしまう。翌朝、父親が録画しておいてくれた試合を見ると、大仁田厚の戦いぶりに和泉さんは熱狂。「将来は大仁田厚さんのようなプロレスラーになりたい!」と思った。

ところが、和泉さんが小学校4年生になる頃、50歳の父親と39歳の母親のケンカが一段とエスカレート。理由は母親の金銭管理のずさんさが発覚したことだった。公共料金の支払いが数カ月滞り、電気やガスが止められることが頻繁に。食事の支度や部屋の掃除をしなくなり、夕食はインスタントやレトルトばかりに。母親はパチンコに生活費をつぎ込んでしまっていたのだ。

やがて母親は、パチンコで遊ぶ金が足りなくなると、消費者金融から借り始めた。

「僕が小学校から帰ると、スーツを着た怖そうな男の人が何人か訪ねてきて、『今、お母さん家にいる?』と聞かれ、震えながら『お母さん、今、いません』と応対するようなことも何度かありました。たぶん借金取りだと思います。当時は家の固定電話にも、借金取りが恫喝するような内容の留守番電話が数十件入っていました」

借金取りは、留守中に来ると、必ず玄関ドアに名刺を挟んで帰る。和泉さんが帰宅してドアを開けると、パラパラと落ちるので必ず気付いた。1日に2枚挟まっていた日も珍しくなかった。

母親は借金返済とパチンコで遊ぶ金を稼ぐため、看護婦の仕事を辞め、居酒屋やスナックで働き始める。

いつからか、パチンコがきっかけで知り合った男性と付き合い始めた母親は、和泉さんが中学へ上がると同時に家を出ていき、両親は離婚。母親との仲は悪くなかったが、再婚相手と暮らしたいと思わなかった和泉さんは、父親との生活を選んだ。