「マスコミ信頼度と読解力」の微妙な関係
日本では、大手紙やNHKなどが提供するニュースに一定以上の信頼を置く者は多いように思う。しかし、欧米、特に英米ではマスコミの言うことをそのまま信じる者は少ない。トランプ米大統領が、自分に都合の悪い報道を「フェイクニュース」と非難してはばからないのに対して、日本人は不届きな発言との印象を抱きがちであるが、そういう大統領を支持している国民は、そもそもニュースをあまり信頼していないという背景を理解すれば、それほど不思議なことではない。
欧米諸国に対して、日本人など儒教の伝統を有する国民は、「文」に対する従来の尊重精神から、あるいは真実の追求というより社会改善を優先する儒学者的なマスコミの気風に共鳴しているためか、マスコミの言うことを真に受ける傾向が強い。
このため、社会のマイナス面の指摘に偏りがちな日本のマスコミの報道が、自分たちの社会に対する否定的な見方を必要以上に増幅するという副産物を生んでいるのも確かであろう。
つまり、マスコミの活字文化を信用していない国ほど今回の読解力テストは有利になるのではないかということが疑われるのである。そこで、世界価値観調査(及び同じ設問の欧州価値観調査)と今回の読解力テストの結果が同時に得られるよう、両者の関係を相関図にしたものを図表5に掲げた(OECD諸国について)。
あまり相関度は高くないが、右下がりの負の相関傾向が認められる。すなわち、どうやら、報道に対して疑り深い国民ほど今回の読解力テストは得点が上昇したようなのである。
考えてみれば、当たり前であろう。いつも報道内容を疑う習慣のある国民は、紙かデジタルかを問わず、各種のテキストを比較対照して評価する訓練がなされており、それが、高校生にまで浸透している可能性があるのである。
OECDの担当者であるアンドレアス・シュライヒャー教育・スキル局長も、今回の出題傾向と日本の結果について、こう説明したという。
「フェイクニュースの多いデジタルの世界では複数の出どころの情報を比較し、事実なのかどうか区別をつけないといけない。事実かどうか精査されていた紙のメディアを読むのとは異なり、デジタルテキストに慣れていないことが多い日本の15歳にとって容易ではないだろう」(朝日新聞、2019年12月3日)
フェイクニュースだけではない。現代社会はウェブやSNSなど真偽のはっきりしない情報にあふれている。その中で、真偽を判別したり、判別できないことに関しては判断を停止したりといった能力が現実的に大切になってくる。3年に1度PISA調査をしているOECD担当者は、そうした特に欧米でいち早く顕著となっている状況を踏まえて読解力の出題傾向を変更したのだと考えられる。
日本は、幸か不幸か、著述家や編集者によって真偽の判断や情報の質の評価がなされた上で世に出される活字文化が発達しており、おおむね信頼できる情報が多いため、活字文化につらなる報道に対しても信頼を寄せている国民が多い。
日本人は高校生も含めて、文章情報の意味内容を理解する能力は高いのであるが、フェイクニュースや真偽のはっきりしないテキスト情報をどう扱ったらよいかについては不慣れなのである。
これが今回の読解力の点数の急落の真の理由であろう。
新聞の社説は、活字文化にもっと親しむことが読解力向上にとって重要だといっているが、これほど皮肉な主張はない。新聞の社説だからといって真に受けないようにしなければ現代社会を生き抜くための読解力は向上しないからだ。