音楽に、本に、家のようにくつろげる空間……学生時代はバンドに没頭、「音楽雑誌の編集者」を目指していたという北川さんの価値観を前面に押し出し、旅館というキャンバスを使って体現する。それにより、万人にはうけなくても、価値観に共感してくれるお客さんが集まってくるようになっているのです。

北川健太社長●1984年、佐賀県生まれ。日本大学社会学部卒。大学時代には渋谷や下北沢のレコード屋に通い、バンド活動をしていた。カトープレジャーグループに就職し、熱海と箱根で高級旅館の立ち上げに関わり、2008年に祖母の跡を継ぎ25歳で社長に就任した。

一見すると自我を前に出したわがままな経営にも見えますが、結果も着実に出ています。北川さんが家業に戻った10年で、客単価は1万円から1万7000円に、稼働率も42%から79%に向上。この業績の改善には、それまで旅館業界が縛られていた常識を打破して実行した経営的改革も大きく寄与しています。

「戻ってきていろいろやりましたが、やはり最初の4年間は経営、資金繰りは大変でした。利益率を上げようと取り組んだのが『素泊まり』や『一人客』など、これまでの旅館が避けていた要素を取り入れるようにしたことです」

女性の一人客は自殺志願者だから宿泊を拒否する。夕食は懐石風で、固形燃料を使った鍋を提供する――そんな旅館のイメージは、「景気のいい時代に、旅行代理店がつくり上げたイメージにすぎなかった」(北川さん)。代理店から予約の入るパッケージ商品は、東京・大阪からのツアー旅行が前提にある。距離の離れた九州はツアー料金を揃えるため、旅館の単価が抑えられるのが当たり前になっていました。交通費は下げられないから、その分のしわ寄せを受けていたのです。

ユーザー目線で「業界の常識」を覆す

パック旅行が前提なので、旅館の会計も食事やルームチャージ、清掃費はすべて合算で精算されていました。そのため、どこで利益が出ているかわからない状況だったといいます。そこで北川さんは部門別会計を導入し、宿泊プランにも夕食なしプランをつくるなどユーザーのニーズに応じて柔軟性を持たせたのです。

さらに、それまで高額の広告費を払い掲載していた旅行雑誌への掲載も減らします。自社サイトからの予約を増やし現在は3~4割に達するといいます。今後はより一層自社サイトからの流入を増やしたいといいます。

そして、経営改善で生まれた利益を、客室の改装にあてました。着々と改装を進め、古くなっていた旧館も26部屋中9部屋を改装。コンセプトを統一し、新しくなった部屋の魅力がSNSで広がり、また顧客を増やしていく好循環が生まれています。

周囲と共に価値を生む「参加型デザイン」

これまで、北川さん自身の価値観を大切にしたリブランディングと、業務改善の話をしてきましたが、大事なのは北川さんが持つ「共創」の視点です。