「毎月の赤字額は約5万円」の本当の意味
質問した野党議員も回答した大臣も、報告書をきちんと読んでいなかったに違いない。例の「老後、2000万円赤字」問題である。
金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループ(座長・神田秀樹学習院大学大学院教授)は6月3日、「高齢社会における資産形成・管理」と題する報告書を公表した。「はじめに」にも記載されているが、この報告書の目的は、「個々人においては『人生100年時代』に備えた資産形成や管理に取り組んでいくこと、金融サービス提供者においてはこうした社会的変化に適切に対応していくとともに、それに沿った金融商品・金融サービスを提供することがかつてないほど要請されている」として、金融サービスの許認可権を握る金融庁に、資産形成のための制度見直しを急ぐよう求めている。
その前提として使われたのが、高齢夫婦無職世帯の平均の年金収入と消費支出の差。「毎月の赤字額は約5万円となっている」と報告書は述べている。さらに「収入と支出の差である不足額約5万円が毎月発生する場合には、20年で約1,300万円、30年で約2,000万円の取崩しが必要になる」としていた。
老後の生活費赤字は「年金制度の問題」か
翌4日付けの朝刊各紙は、その「前提」に焦点を当てたものが多かった。日本経済新聞朝刊は5面の3段記事で「人生100年『2000万円不足』 金融庁 年金以外の資産形成促す」というタイトルだった。日本テレビのニュースでも「金融庁『年金では足りない』資産運用促す」といったトーンだった。テレビの情報番組はさらに刺激的で、「老後『2千万円が不足』金融庁が驚きの報告書 年金だけでは足りない!?」(FNN)といった取り上げ方が目立った。
野党から批判の声が上がると、金融担当相を兼ねる所管の麻生太郎副総理兼財務相が記者会見で「赤字というのが不適切だった」と早々に修正した。だが、それでも野党は収まらなかった。週明けの6月10日に行われた参議院での質疑で、立憲民主党の蓮舫議員が質問に立った。
「総理。日本は一生懸命働いて給料を貰って、勤め上げて退職金を貰って年金を頂いて、それでも65歳から30年生きると、2000万円ないと生活が行き詰まる、そんな国なんですか」
冒頭から声を荒らげた。この質問自体、新聞の見出しやテレビのタイトルを前提にしたものだったに違いない。いつの間にか、老後の生活費が月5万円赤字になるのは年金制度が問題だからだという話にすり替わっている。