ヴァネロペには「王子様」も「ドレス」も必要ない

しかしヴァネロペに異性の友人(ラルフ)はいますが、物語上カップリングを期待される異性は存在しません。また彼女は一応王女ですが、血統のしがらみは一切ありません。そして、プリンセスに付き物のドレスも最初から着ていません。

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ヴァネロペが葛藤するのは、もっと根本的なことです。自分はこの世界の「どこ」に身を置くべきなのか? 自分の「本当の望み」はなんなのか? それを所属・年齢・外見などとは無関係に、ゼロベースで考えるのです。

スタンドアローン(ネットにつながらない)のアーケードゲーム機内に長らく身を置いていたヴァネロペは、その世界を退屈だと感じ始めます。そこで出会ったのがネット上に存在する、とあるオープンワールドのゲームでした。

「オープンワールド」とはゲームジャンルのひとつ。広大な箱庭空間のなか、プレイヤーは特定の攻略手順や特定の勝利条件に縛られることなく、自由に動き回り、気ままにプレイできるのが特徴です。プレイできるキャラクターは多種多様で、外見のデザインも自由にカスタマイズ可能。世界的に有名なオープンワールドのゲームとしては「グランド・セフト・オート」シリーズ、日本では『ファイナルファンタジーXV』『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』などが知られています。

現実世界にはレースゲームのような「勝利条件」はない

ヴァネロペがオープンワールド(文字通り、「開けた世界」)に惹かれるのは、示唆に富んでいます。ヴァネロペがレーサーだった『シュガー・ラッシュ』というゲームは「一番早くゴールしたら勝ち」という、明確かつ動かしがたい勝利条件が設定されていました。

しかし、そもそも論として、なぜ1位にならなければならないのでしょうか? そのコースをのんびりドライブするのが楽しいドライバーだっているかもしれません。コースを外れて道のない草原を走るほうが楽しいと感じるドライバーもいるはずです。実際ヴァネロペは映画冒頭、決められたコースの外を疾走するのを楽しんでいました。

「レースでは1位を目指さなければならない」「決められたコースを走らなければならない」という“常識的な”価値観ごと見直し、そうではない価値観を模索する。そんなオルタナティブな価値観も認められる世界「オープンワールド」に、ヴァネロペはどうしても惹かれてしまい、葛藤します。

彼女は王国のプリンセスですが、そんなことははなからどうでもよく、ただひたすら己のアイデンティティ確立のために悩み、克服に務めるのです。