なぜ「スポット」より「定期利用」のほうが安いのか

ひとくくりにされがちな家事代行サービスだが、そこにあるのは価格帯の違いだけではない。サービスを提供したり、利用したりする際には、目的に応じた使い分けの必要性を考えるべきだろう。トレーニングされたプロの派遣を受けるか、近所づきあいの延長のような個人と個人のマッチングを利用するかといった違いもあれば、ピンポイントで家具の組み立てやホームパーティなどを手伝ってもらうか、継続的に家事を補助してもらうかといった違いもある。

さらに、家庭生活に必要なスキルは数多くあり、企業やプラットフォームによって用意されているスキルの領域も異なる。

家事代行サービス市場においてタスカジが獲得したのは、継続的な家事代行のマッチングに適したプラットフォームというポジショニングである。このポジショニングは、タスカジの開設時に生じた見込み違いへの対応によって、期せずして強化されている。

現在のタスカジはエニタイムズなどとは異なり、スポットではなく定期利用する方が安価となる料金体系を明示している。加えてタスカジは、確立したポジショニングをさらなるビジネスへと拡張するべく新たな取り組みを行っている。

継続的な家事代行では、スキルの幅が価値を生む

タスカジでは、生活スキルの提供を行うハウスキーパーを「タスカジさん」と呼んでいる。タスカジさんにとっては、依頼者に継続して利用してもらうことが収入の安定化の道であり、そのためにはスキルの幅を広げていくことが望ましい。得意料理のレパートリーが広がれば訪問先に喜ばれる。掃除だけでなく整理収納もできると評価はさらに高まる。

ピンポイントでスキルを提供するタイプのサービスであれば、スキルの深さが問われる。しかしタスカジさんのような継続的な家事代行では、スキルの幅が価値を生むのだ。

そこで現在のタスカジでは、評価の高いタスカジさんをピックアップして、書籍の出版機会をもうけたり、他のタスカジさん向けの講習会の開催をうながしたりしている。こうした取り組みは優秀なタスカジさんにさらなる機会を提供し、ステップアップに向けたモチベーションを高めるとともに、他のタスカジさんたちがスキルの幅を広げることをうながしている。

これは、タスカジさんとユーザーのマッチングに加えて、新たにタスカジさん同士のマッチングからビジネス機会を広げようとする取り組みである。そしてそこでも、ウェブ上のプラットフォームが活用されている。

「棲み分け」で生き残るには、“転んだ後”が重要

市場にあって企業が、弱肉強食の価格競争を回避できるのは、競争を通じて「棲み分け」が進んでいくからである。

棲み分けの競争は、市場を消耗戦の場ではなく、創発の場とする。家事代行サービスの市場にあって、タスカジは、継続型の家事代行のマッチングに強い。以前に本連載で紹介したエニタイムズは、生活スキルのピンポイント利用のマッチングに向いている。トレーニングを受けたプロの派遣を求める家庭に対しては、領域ごとに各種の専門サービス企業が存在する。

これらのプラットフォームやサービスを提供する企業は、市場で競い合ってはいるが、棲み分けており、直接に潰し合うことはない。そして異なる領域に向けて市場を広げようとしている。誰かが全体を見わたして指示を出しているわけではないのだが、市場という場には競争があるため、プレイヤーの手持ちの知識や情報による試行錯誤がうながされ、新たなサービスやビジネスのモデルが生み出されていく。

この市場の創発性を活用するためにも、起業や新規事業開発にあたっては、事前の計画は必要だが、万全の計画はあり得ないと考えておくほうがよい。和田氏は計画性に富んでいたが、転んだ先に見いだした可能性を研ぎ澄ますことで、タスカジのポジショニングを確立していった。七転び八起きというが、転んだ後の立ち上がり方に起業家の真骨頂はあるようだ。

栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。
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