※以下は森永卓郎『森卓77言 超格差社会を生き抜くための経済の見方』(プレジデント社)から抜粋、再構成したものです。
賃金水準全体が伸びにくいのは、本当だった
厚生労働省が発表した2015年度の毎月勤労統計調査によると、物価上昇を調整した後の実質賃金は、前年比0.1%下落しました。これで実質賃金の低下は5年連続となりました。実質賃金が5年も連続して下がるのは、日本の歴史上初めての事態です。2016年の実質賃金は5年ぶりに増加に転じましたが、基本給にあたる「所定内給与」は前年比0.2%増にとどまりました。全国的な人手不足の中、フルタイム労働者より給与が低いパートタイムの割合が増えていることで、賃金水準全体が伸びにくくなっています。
アベノミクスで労働市場は大きく改善し、株価も上がりました。しかし、なぜ私たちの賃金が、上がらないのでしょうか。安倍政権は、デフレからの脱却を目指すため、大規模な金融緩和に踏み切りました。金融緩和を行うと、二つの効果が経済に表れます。一つは、対国内の効果です。お金の供給を増やすのですから、お金の価値は落ちます。それは、裏返すと物価が上がることを意味します。実際、それはうまくいきました。15年間にわたって下がり続けた物価が、少なくとも下落はしなくなったからです。
もう一つは、対外的な効果です。金融緩和は、「円」の供給を増やすのですから、円が安くなります。つまり、為替が円安に向かうのです。これも、もくろみ通りでした。民主党政権末期の12年11月に79円だった対ドル為替レートは、あっという間に100円台になったのです。
為替は輸出産業の業績を劇的に変動させます。1ドル=70円台の円高で国内事業損益や営業損益が赤字転落していたトヨタ自動車は、史上最高益を生み出すようになりました。しかし、金融緩和の経済効果は、それだけにとどまりません。金融緩和で物価が上がっても、賃金はすぐには上がりません。したがって、金融緩和の初期では、実質賃金が低下します。そのことが輸出競争力を増し、ますます輸出が増えるのです。
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つまり、アベノミクスは、初めから実質賃金の低下は見越していたのです。ただ、低下は一時的なもので、経済が好転すれば大きな賃上げが生じて、実質賃金も上昇に転ずるとみていました。
その点が唯一、アベノミクスが見方を誤ったところでした。企業の儲けは、大きく拡大しました。しかし、企業は利益を内部留保で抱え込んで、労働者にほとんど配分しませんでした。その傾向は続いているどころか、もっとひどくなっていると思われます。
例えば、トヨタ自動車の2015年のベースアップは4000円でしたが、2016年は1500円でした。史上最高益を出しながらも、ベースアップは半額以下だったのです。2017年は円高で採算が悪化したこともあり、ベースアップは1300円とさらに下がりました。