会社で一生懸命に仕事をし、高い給料をもらい、少しでも上のポストを目指す。多くの人が現役時代は、そんな気持ちで働いています。いってみれば、実績を積み上げる「足し算の人生」です。けれども定年になったら、背負うものを減らす「引き算の人生」にしてもいいのではないでしょうか。

ビジネスマンの人生は飛行機のようなもので、新入社員は燃料を目一杯に使って離陸します。やがて巡航速度に達し、目的地が近くなると徐々に高度を下げ始める。まさに定年間際は、この着陸体勢に入った状態です。そして、スピードを落として滑走路に降ります。

65歳までの再雇用が認められる時代になりましたが、役職をはずれ、給与の手取り金額ががくっと目減りするでしょう。しかし、その代わりに責任は小さくなって、気持ちが楽になることだってあるはず。そしてふと、自分が人生の折り返し地点に立ったことに気づく……。私は、そのときが本当の意味での「還暦」だと思います。

そうやって「第2の人生」を迎えたときに、お勧めしたいのが「天地返し」です。もともと農作業の言葉で、春の種まきに向けて畑の土を天と地がひっくり返るくらいに耕して、肥沃な土に戻すことを指しています。それと同じで、人ももうひと花咲かせるには、それまでの生き方や人間関係をひっくり返すことが必要です。

まず形から入りましょう。たとえば、こだわりを持って身につけていたスーツ姿から、ラフな服装に替えてみます。私は56歳で得度したときから作務衣で通してきました。最初は周りの目が気になって落ち着かなかったものの、思うほど他人は自分のことを気にしていないとわかると自意識が消え、気が楽になりました。これが私の引き算の人生の始まりでした。