吉川英治の『宮本武蔵』は息が長い。最初にベストセラーになったのが戦時中であり、半世紀以上経った今も売れ続けている。戦後、剣にすべてを託した武蔵の姿勢が戦争遂行を助長したのではないか、という批判が知識人から出たが、「武蔵の心構えがあれば、敗戦も怖くない」という手紙が読者から吉川に届いたそうだ。時代を乗り越えて通用する普遍性をもった作品であり、100年に一度の大不況下、もう一度クローズアップされてもおかしくない。

戦前の武蔵に対して、戦後は司馬遼太郎の『竜馬がゆく』が時代小説のかたちをとった青春小説の典型である。ストイックな武蔵と対照的に、竜馬は自分の可能性を試し、さまざまな夢を実現させていく。正反対の青春像だが、両方から日本人は影響を受け続けている。

(荻野進介=構成 市来朋久=撮影)