弘兼憲史の着眼点

▼蔦屋書店の本棚はなぜ人の心を動かすのか

出版社の編集者や知り合いの作家からよく本が送られてきます。可能な限り目を通した後、本棚に置いておくのですが、書庫のスペースにも限りがある。時折、処分することがあります。そのとき、処分する本が古本屋などに売られないように、ページのどこかを切っています。

私たちにとって作品は子どものようなものです。他人の作品に傷をつけることは、気持ちのいいものではありません。しかし、本が古本屋に渡ってしまうと、その分、作家の利益が減ってしまう。それだけ神経質にならざるをえないほど、本が売れない時代です。

TSUTAYAではコミックスや本などのレンタルを行っています。そのため、ある時期まで私たちにとって「商売敵」ともいえる存在でした。ただ、CCCが新刊本の販売にも力を入れているということは耳にしていました。

お恥ずかしいのですが、代官山 蔦屋書店を訪れるのは初めて。店内を回ってみて感じたのはとにかく楽しいということ。店内の本棚は、「コンシェルジュ」がつくっているそうです。食ならば、雑誌の元編集長、ジャズならばジャズクラブの元オーナーと、一家言持った人たちが、1つの切り口を決めて本を選ぶ。だから心が動くのだと合点がいきました。

▼アマゾンの時代だから「売れない」は言い訳

増田さんはこうおっしゃっています。

「本を売るのに必要なのは、本の販売のやり方、仕入れの仕組みを知っていることではないんです。読者となる人間の生活を知っていなければならない」

これまでの本屋は、新刊本が出たら、書店員が何となく並べていました。売れそうな本が平積みにされ、売れ残ると返品。どの本屋でも品揃えに差がない。欲しい本が検索できて家まで運んでくれるアマゾンに街の本屋が駆逐されたのも当然の流れだったのかもしれません。

一方、代官山 蔦屋書店はセレクトショップです。やり方によって本はまだまだ売れる――増田さんは何度も強調されました。活力に溢れ、元気な増田さんとの対談後、私は希望をもらいました。

弘兼憲史(ひろかね・けんし)
1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年『人間交差点』で第30回小学館漫画賞、91年『課長島耕作』で第15回講談社漫画賞、2003年『黄昏流星群』で日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年紫綬褒章受章。
(田崎健太=構成 門間新弥=撮影(対談))
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