先ごろ国内大手の監査法人であるトーマツが、所属する公認会計士などを対象に440人の希望退職者を募集することを明らかにした。まずトーマツの決算資料から、その事情を探ってみたい。
同社の2010年9月期の売上高は801億200万円。それに対して人件費が650億2200万円で、売上高に対する割合は81.1%に達していた。この数字を見ただけでも、会計監査業務が「人」に依存する労働集約的な体質だとわかる。職員数は5887人なので、一人当たりの平均人件費は1104万円となる。一般の事業会社と比べれば、かなり高額だ。
もう一つ気になるのは、売上高が前期比で7.26%落ち込んでいる点だ。職員一人当たりの売り上げは1360万円。私が監査法人に新人として勤めていた約20年前に「うちの監査法人は一人当たり1600万円の売り上げが目安だよ」といわれた記憶がある。それを考えると、一人当たりの生産性がずいぶんと落ちた気がする。そうした結果、5億8100万円の営業赤字に陥っているのだ。
私見だが、個人で会計事務所などのサービス業を経営する立場から、自身の経営の原則として、「給料3割・役員報酬3割・経費3割・内部留保1割」が健全経営の目安であり、給料と役員報酬を足した人件費が全体の6割を超えてはならないと考えている。ただし、それはあくまでも私個人の経験則であり、理想論だ。多くの場合、「人件費は7割、残り3割が経費」というのが実態で、少なくともそれが死守ラインだと考えている。
しかし、財務のプロであるトーマツでは人件費の割合が8割を超えている。もし、私の考える「人件費6割」という理想のラインをクリアしようとするならば、「650億2200万円÷0.6」で約1083億7000万円を稼がなければならない計算になる。その水準を大きく下回る現状を見ると、監査先から「紺屋の白袴」との声さえ聞こえてきそうだ。
次に、その収益低下要因を考えていくと、監査先である上場企業の減少や公認会計士試験の合格者増といった、業界全体の問題が浮かび上がってくる。
国際会計基準(IFRS)をにらんだ会計ルールの相次ぐ変更や、内部統制や四半期決算の発表など重くなるばかりのディスクロージャー負担に嫌気をさしたのか、企業の上場に対する意欲は低下するばかり。監査法人にとって新規の監査先獲得どころか、いまある監査先をキープするので手一杯のようである。
さらに、監査業界にとって逆風なのは、ここ数年の会計士の合格者急増だ。20年ほど前まで毎年の合格者は1000人を下回っていた。しかし、内部統制強化などによる需要増を見越して、07年度2695人、08年度3024人が合格し、09年度と10年度も各1900人強もの合格者が出ている。
そうした新人の合格者を一人雇うと、初年度の人件費として500万円程度かかるともいわれる。トーマツも新人を200人ほど採用する予定であるとも聞く。売り上げが頭打ちのなかで、新人を雇うとしたら、人件費の高いベテランを切る必要がある。今回のトーマツのリストラも、そうした背に腹はかえられぬ事情を反映しているのだろう。
しかし、構造的な問題であるだけに事態の好転は望みにくい。新人にとって、「資格を取得して監査法人に入れば一生安泰」といった会計士像は、もはや一昔前の遺物でしかないのだ。
「監査法人または企業や会計事務所などで実務を積み、さらに会計の知識を活かして一般企業の財務畑などで活躍したり独立して腕一本で食べていく」など、自らキャリアを磨いていかなくては生き残っていけない時代に入っていることを強く自覚するべきだろう。