2011年3月期の連結決算から「包括利益」の開示が義務付けられた。これに伴って全上場企業は、従来の「連結損益計算書(P/L)」に加えて「連結包括利益計算書」も作成することになったのだ。
以前のP/Lでは収益から費用を差し引いた「当期純利益」を最終利益として算出していた。その当期純利益に、為替換算調整勘定、繰延ヘッジ損益、その他有価証券評価差額金などの「その他の包括利益」を加除して新たに最終的に求めるものが包括利益である(図参照)。
連結決算の対象となる海外子会社の財務諸表は現地の外貨建てで表示されており、親会社の貸借対照表(B/S)に計上する際には、決算時点での為替レートで円換算する必要がある。ただし、子会社の「純資産」は、親会社が株を取得した時点や他の純資産項目の発生時点の為替レートで換算されるので、B/Sの「資産」と「負債・純資産」がバランス・イコールしなくなる。そこで、その差額を調整するのが為替換算調整勘定だ。
また繰延ヘッジ損益は、将来のキャッシュフローが変動するのを避ける目的で行った、為替先物や通貨オプションなどのヘッジ取引で発生した期首と期末との評価差額のこと。その他有価証券は持ち合いなどで保有している株式のことで、その含み損益などまで幅広くカバーしようとするものが包括利益だ。
以前の会計処理では、いま見てきた持ち合い株の含み損益などについてはP/Lを通さずに、B/Sの純資産へ直接入れ込んでいたため、P/Lの最終損益とB/Sの純資産の増減額は一致していなかった。それが今回、包括利益が導入されたことで完全に合致することになり、「クリーン・サープラス関係になった」と評価されている。
こうした包括利益の導入は、時価評価を重んじる国際会計基準(IFRS)適用に向けた動きの一つなのだが、手放しで喜んでばかりはいられない。
いまでも日本では、取引先や融資を受ける金融機関との関係を維持するために、お互いに株式を持ち合う商習慣が続いている。安定した企業経営を行うための日本独自の“知恵”といってもいいのかもしれない。
しかし、株式相場の変動によって含み損益が発生し、それが包括利益として投資家の評価にさらされるようになると、株式の持ち合い自体を見直さざるをえなくなることが考えられる。また、包括利益が企業の稼ぐ力を示す的確な指標になるかという根源的な疑問も浮かんでくる。
11年3月期の全上場企業の連結決算で見たP/L上の当期純利益は前期比61%増となった。しかし、包括利益は同41%も減少している。東日本大震災後の株安や、1ドル=80円台という円高に伴う、保有株式の評価損や為替差損の計上で、大きく押し下げられた形である。
この数字を見ただけでも、包括利益が本業の力を反映しているとは言い難いことがわかるはず。株価や為替の影響といった、経営者の営業努力とは関係のない社会経済要因によって、包括利益は大きく変動してしまう。
経営トップの意思決定に必要な業績測定、業務評価などのデータを提供するのが管理会計の役割である。そして、経営トップの意思決定の最終目標は本業の利益である営業利益を最大化すること。その結果を的確に示した指標が包括利益であるかどうかというと、疑問だ。
包括利益を否定してしまうと、持ち合い額の含み損益などを投資家がチェックしづらくなるように思えるかもしれない。しかし、以前から純資産の変動を示す財務報告書の「株主資本等変動計算書」がP/LやB/Sとともに作成され、そのなかにきちんと明示されていた。
包括利益という新指標を見る際には、その背景を考えながら評価することが大切だろう。