各国が共通のルールで会計処理を行って財務状況を比較しやすくする国際会計基準(IFRS)。日本では早ければ2015年3月期の導入が予定されていたが、ここにきて雲行きが怪しくなっている。
会計ルールを所管する金融庁は12年をメドに強制適用の是非を見極める方針だったのだが、先ごろ自見庄三郎金融相(当時)が「仮に適用する場合でも、5~7年程度の準備期間をおきたい」と表明したからだ。また、先送りを支持する大手企業も相次ぎ、資生堂やニコンなどはIFRS導入の準備作業のスケジュール見直しに入った。
しかし、上場企業では「IFRS推進室」などを設けて大手監査法人などにコンサルティングを依頼したところも多い。また、新たに担当者を採用した企業も少なくない。
もともとIFRSは企業に大きな負担を強いる点で問題があった。債権者や株主に対する情報開示を目的とした「企業会計」に基づいて決算資料を作成するが、そのまま法人税の申告に使えるわけではない。企業会計とは異なる法人税法の会計ルールに合わせて調整処理をし、法人税の申告を行っている。
その法人税の申告には総勘定元帳や仕訳帳が必要で、IFRSが導入されても、それらの帳票が不要になることはない。IFRS導入後も日本式の企業会計処理が必須であり、期末にIFRS基準に組み替え、加えて税務会計も行うことになり、膨大な人的パワーとコストが継続的に必要となる。
結局、海外からの資金調達を考えていない企業にとっては導入の必要性は低く、強制適用となればコスト負担が増えるというデメリットを受けるだけなのだ。また、従来のIFRSは時価評価主義重視だが、有価証券などを時価評価することで利益がブレ、本業の儲けが見えにくくなるというデメリットもある。
一部の金融関係者からは「IFRSを導入しないと、海外企業との財務状況の比較検討がしづらくなり、外国人投資家が日本企業への投資を敬遠する」といった懸念の声があがっている。しかし、現行の会計基準に基づいた財務諸表でも比較検討は十分に可能で、これまでも何か支障があったという話は聞いていない。現に私もアップル、グーグルの海外企業の財務諸表を分析し、日本企業のヤフーやソフトバンクと比較している。
少々乱暴な言い方になるが、巨額の不正経理が明るみに出た米国のエンロン事件を振り返っても、財務諸表を見ただけでは大きな危険に気付かないことさえある。それならIFRSの強制適用で基準を統一するより、必要に応じて財務諸表をしっかりと読み解ける専門家を多く育てたほうが意味があるだろう。
今回、金融庁がIFRS見直しに着手した背景の一つには産業界からの強い要望があるようだ。IFRSでは、純利益に保有資産の時価評価による変動額を加えた「包括利益」が決算に反映される。しかし、上場企業の11年3月期連結決算では包括利益が前期比41%減少するなど、本業以外の要素が大きく影響し、産業界からIFRS強制適用の再検討を求める声が強まっている。
米国は15年以降のIFRS適用を目指していたが、11年5月、いまのまま米国会計基準を維持し、これにIFRSを組み込んでいくという新しい方向性(コンドースメント)を示唆した。リーマンショックの際にも、時価会計が裏目に出たこともあり、時価主義に対して懐疑的になっているのかもしれない。日本は、政治・経済の変化に翻弄される米国の会計制度の紆余曲折に歩調を合わせてきた傾向が強い。その結果、最後にツケが回ってくるのは上場企業なのだ。
電力不足、円高に加え、会計ルールによって振り回される日本企業は本当に大変である。