副題にある「優しいリアリズム」とは、政治的に中道から右までの立場にある人々への戒めだ。誰もが最低限の幸福な生活を営める社会を、政治が実現できていないことへの痛烈な批判といえるかもしれない。しかし、そこへたどりつく前に著者が批判するのは、日本においてリベラルを自称する勢力のほとんどが、その名に値しないことについてである。

著者によれば、その勢力にあるのは政治哲学ではなく「反権力」という単なる立ち位置にすぎず、市民社会やメディアを一方的な善とする勧善懲悪の世界観だ。日本社会がグローバル化の波に翻弄され、1億総中流から格差化へ向かうようになったいま、反権力でしかない立ち位置の有効性は失われたと著者は指摘する。「マイノリティ憑依」、つまり「社会の外から清浄な弱者になりきり、穢らわしい社会の中心を非難する」(68ページ)行動では、そこから先に進むことはできない。

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