2014年10月、「忘れられる権利」についての画期的な判断が東京地方裁判所で下された。自分の名前を検索すると、犯罪に関与しているかのような検索結果が多数出てくる状況に長い間苦しんでいた男性が、米国のグーグル本社に対して削除仮処分の申し立てを行った裁判で、東京地裁は男性の申し立てを認め、グーグルに対して検索結果の削除を命じたのだ。
グーグルなどの検索サイトはこれまで「検索結果は単にネットの情報をインデックス(索引)化しているだけ」であり、「検索結果への管理責任は負わない」と主張していた。東京地裁はこれを全面的に覆し、検索サイトには管理責任があると判断した。
「忘れられる権利」、すなわちネットの情報を削除し、人々から忘れてもらえる権利がこの日本でもようやく脚光を浴びた瞬間だった。
本書は、この裁判の申立人である男性を弁護士として支え、グーグルから削除仮処分を勝ち取った神田知宏氏による「忘れられる権利」の現状と活用法についての解説書だ。
法律を扱ってはいるが記述は平明でわかりやすい。
内容も実践的だ。とりわけ「忘れられる権利」の活用法については、「『部下の女性と不倫をしている』と実名入りで書かれてしまったら訴えを起こせるのか」「10年以上前の逮捕歴や行政処分歴の削除を請求できるのか」など、よくあるケースごとに対処法が記されている。
ちなみに前者については、不倫が事実無根なら名誉権侵害に当たり、もちろん削除を請求できる。実際に不倫していた場合でも、知られたくない個人情報の漏洩でプライバシー侵害に当たり、こちらも削除請求ができるという。
本書にはこれ以外にも「忘れられる権利」をめぐる豊富な事例が紹介されている。そして、それらの事例を通して浮かび上がってくるのが、ネットではだれもが容易に被害者、加害者になりうる怖さだ。
「折り合いの悪い同僚が根も葉もない噂をネット上に流すかもしれない」「かつての恋人が恥ずかしい写真を掲載してしまうかもしれない」――そんな不安とは完全に無縁の人はおそらく少数派だろう。しかもネットでは「人の噂も75日」は通用しない。いったん書き込まれてしまったら10年でも20年でもそれは残り続け、ツイッターなどのソーシャルメディアによってとめどもなく拡散していく。
一方で誹謗中傷はそれこそ5分もあれば書けるだろう。止める人は周囲にはいない。怒りに任せて書きこんでしまったら……それはずっと残り、拡散し続ける。心ある人なら知人を傷つけた罪悪感にいつまでも苛まれるかもしれない。「忘れられる権利」による被害者の救済だけでなく、加害者にならないためのリテラシー教育も喫緊の課題だろう。