社長の座を離れて「自分の変化」知る

利用者が、平均値よりも高い項目を中心に、改善活動をすることを期待する。今年2月の調査結果では、食事の栄養バランスを考えるようになった人が45%、運動をするようになった人が30%、禁煙や禁酒・節酒をした人が10%台。検査を受ける前は健康意識が低かったと自認する人の多くが「意識が上がった」と答えた。

自宅で食事をするようになり、サラダなど野菜がすごく増えた。朝は、夫婦で新鮮な野菜ジュースを飲む。お酒を飲む量も減った。なるべく早く寝るようにもなる。社長の座を離れた後、自分に生まれた変化と、重なった。

「人生減省一分、便超脱一分」(人生、一分(いちぶ)を減省(げんせい)すれば、便(すなわ)ち一分を超脱(ちょうだつ)す)――人間は、どこかで何かを減らすか省けば、ほかで何かから抜け出し、楽になったりいいことが生まれたりする、との意味だ。中国・明の洪自誠がまとめた『菜根譚』にある言葉で、何もかもと欲張りすぎないように、と戒める。自らが興した会社のトップから降りて、やりたいことを絞ったことで新たな針路を得た南場流は、この教えと重なる。

2012年秋、常勤の職への復帰を決めた際、部下に「DeNAのことを、社内外の人や大学生にきちんと伝えたいので、本を出そうかと思う」と相談した。翌年4月の復帰前に書き終えることにして、構成からタイトルまですべて自分で決める。普段の話し言葉で書き始め、夫の癌告知からの心の動きも正直に綴り、できた分から電子メールで送信する。こんなことも、「減省一分」にしなかったら、できなかったに違いない。

自著『不格好経営』(日本経済新聞)を読むと、会社の成長とともに何度も本社を移したが、99年8月に株式会社にして以来、ずっと渋谷区から出ていない。いまは、渋谷駅東口の高層複合施設「ヒカリエ」にある。同じ地域にいたほうが、通勤に便利なところに居を構えた社員たちにもいいからだが、それだけではない。

JRや私鉄の駅が集まる渋谷は、東京・山の手の玄関に当たる。ネット事業が急伸した90年代末、オフィス代が都心より安いこともあり、IT関連企業の立地が進んだ。「渋い」の「bitter」とデジタル情報の単位「ビット」の語呂合わせに、米国のシリコンバレーの「バレー」をつなぎ、「ビットバレー」と呼ばれた。

ベンチャー企業には花が開くと、六本木などの耳目を集めるビルに本拠を置く例が目立つ。それも、一つの「ゴール」だろう。でも、エスタブリッシュメントへの仲間入りのようなことは、したくない。いつまでも、ベンチャーの臭いが漂う街に、いたい。それに、南場流には、「ゴール」はない。

DeNA取締役会長 南場智子
1962年生まれ。津田塾大学卒業後、86年マッキンゼー日本支社入社。90年ハーバード・ビジネス・スクールにてMBAを取得。96年マッキンゼーでパートナー(役員)に就任。99年同社を退社、ディー・エヌ・エー(DeNA)を設立、代表取締役社長に就任。2011年6月、取締役ファウンダー。15年6月、会長に就任。
(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)
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