本人の努力なくして回復は望めない

つまり、高齢の患者さんではどんなに手術がうまくいっても、特にご本人の努力がなければ健康回復には奏功せず、両者がうまく噛み合ったときに術前以上の健康回復が得られることを示されていると思うのです。治療は、私たち医療者と患者さんとの二人三脚です。手術適応を判断する条件として、現在問題になっている「Frailty(フレイル)=脆弱性(高齢者の筋力や活動が低下している状態)」の有無を確認することはもちろんですが、自分の身の回りのことができ、リハビリの必要性を理解できることが挙げられるのは、リハビリがそれだけ重要だからです。

心臓の手術直後は、全身麻酔と胸部の筋肉を切る手術の影響で深呼吸するのも難しく、痰を出すのが大変になります。看護師や医療スタッフのサポートを受けながら、患者さんご自身が呼吸や歩行のリハビリをすることが、社会復帰への近道です。

20年くらい前には、心臓手術の後には1週間近く集中治療室で安静にするのが当然でした。しかし、2~3日間ベッドから動かずに安静にしているだけで、40代から50代の人でも、筋力、呼吸機能、体力は低下します。特に高齢者は1週間も安静にしていたら、そのまま寝たきりになったり認知症になったりしかねません。

近年、国内外の研究結果から、できるだけ早い段階でベッドを離れて動いた方が心肺機能の回復は早いことが分かっており、病院によっては、手術当日あるいは翌日からベッドを離れて簡単なリハビリを開始します。心肺機能の回復具合にもよりますが、一般的に手術後1~2日後には自分でトイレに行けるようになり、2~3日後には病棟内を歩けるようになります。40代から50代の人ですが、冠動脈バイパス手術を受け、3泊4日で退院して仕事に復帰する患者さんもいるくらいです。

心臓手術後のリハビリは、脳卒中で後遺症が残った人のリハビリのように、何か特別なことをするわけではありません。初めは、リハビリスタッフや看護師がサポートし、患者さんの心肺機能の状態を見ながら、歩行訓練を開始します。入院中のリハビリは、日常生活に戻るための橋渡しのようなもので、退院後も自分でリハビリを続けることが大切です。焦りや無理は禁物ですが、日常生活そのものがリハビリになりますので、高齢で家族と同居していたとしても、自分のことは自分でやるようにしましょう。中には、退院後も外来でリハビリが続けられる医療機関もあります。リハビリは心臓病の再発防止にもつながります。

私がゴルフ好きなこともあって、手術を受けた患者さんたちと年に2回ゴルフコンペを開催しています。手術前には少し歩いただけでも息切れしていた70代、80代の方々が、18ホール回って元気に過ごされている姿を拝見すると本当に医者冥利に尽きます。年齢に関係なく、手術を受けた事実を忘れるくらい元気になっていただくことがゴールだと思いながら、増え続ける高齢者の手術に向かっています。

天野 篤(あまの・あつし)
順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授
1955年埼玉県生まれ。83年日本大学医学部卒業。新東京病院心臓血管外科部長、昭和大学横浜市北部病院循環器センター長・教授などを経て、2002年より現職。冠動脈オフポンプ・バイパス手術の第一人者であり、12年2月、天皇陛下の心臓手術を執刀。著書に『最新よくわかる心臓病』(誠文堂新光社)、『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)、『熱く生きる 赤本 覚悟を持て編』『熱く生きる 青本 道を究めろ編』(セブン&アイ出版)など。
(構成=福島安紀 撮影=的野弘路)
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『熱く生きる』天野篤著