手術後も元気なスーパー高齢者

もう一つ気づいたのは、自分自身が元気で心臓外科医療に没頭できるのは、自らの努力や仲間の支援もあるが、目の前にいる超高齢者の患者さんたちが身体を張って日本を成長させてくれたという点です。また、彼らが働いて健康保険財政を支えてくれてきた恩恵を我々も受けています。こう考えたときに、私のライフワークは決定的になりました。

それは、高齢者・超高齢者の心臓手術を「早い、安い、うまい」で行い、国民皆保険制度をひたむきに守り、実行していくことでした。「早い、安い、うまい」というのは、手術すると決めたら早い対応で、スピーディーな手術を行い、患者さんの費用負担は高額療養費制度などを駆使してできるだけ少なく、また医療器材の無駄も極力出さないように、さらに手術自体は若い方と同等に高いレベルで行い、術後の傷も見た目に美しく、というものです。

ただし、高齢者では心臓以外に病気がなくても、手術によって死亡したり合併症が発生したりするリスクが高いのは事実です。確かに、見た目も若く非常に元気な高齢者もいますが、血管や臓器の老化はある程度年齢相応に進んでいます。そのため、80歳以上の患者さんは、若い人に比べて、術後の体力低下が著しい傾向があります。特に、食べ物が誤って気管に入ってしまったために肺に炎症が起こる誤嚥性肺炎は、高齢の患者さんにとって命取りになりかねない合併症の一つです。

私たち心臓外科医はリスクの高い人でも手術ができるように日々努力を重ねてはいますが、どんなに医学が進んでも残念ながら助からない患者さんは存在します。そういった死亡を含む高度なリスクについては、手術を受ける前から、ご本人はもちろん家族の方々に繰り返し説明して、手術以外の治療法とその優劣、また手術しないという選択とその余命などについて理解してもらった上で最終決定するようにしています。

2012年2月18日に執刀した天皇陛下の冠動脈バイパス手術も高齢者手術の典型的なものでした。手術の内容自体は特別なものではありませんでしたが、陛下の手術後、その結果に国民やマスコミが一喜一憂する姿を目の当たりにしました。それまでも分かっていたつもりでしたが、心臓外科手術の結果が、こんなにもご本人、ご家族、周囲の人の気持ちを左右するのだとあのときほど強く実感したことはありませんでした。手術の成功は、患者さんだけではなく周囲の人も幸せにし、孫世代の若い人たちに命の大切さを教えるきっかけとなります。実際に、手術後、見違えるほど元気になって社会で活躍されるスーパー高齢者たちには本当に頭が下がる思いです。

80歳以上の患者さんの手術に臨むときには、若い人の手術以上に心がけていることがあります。それは合併症を予防し、早く回復して自宅へ戻るためにできるだけ早い段階からのリハビリ(リハビリテーション)を開始することです。天皇陛下も皇后陛下の支えがあって慎重かつ前向きにリハビリを重ね、いまのようにお元気になられたのだと伺っています。皇后陛下は、手術翌年の歌会始のお歌で「天地(あめつち)にきざし来たれるものありて君が春野に立たす日近し」と、術後のリハビリを季節の移ろいを感じるくらい根気よく続けられたことを明らかにされました。