手術をした最高齢は98歳の女性
私事ですが、1月に母を亡くしました。享年93歳。晩年は認知症で施設に入っており、最後は、インフルエンザ感染から肺炎になってしまいました。25年前、66歳だった父を、3度目の心臓弁膜症の術後合併症で亡くしたときには、助けらなかった無念さと後悔が残りました。そのことが、私が心臓外科医として腕を磨く原動力になったわけですが、今回の母の死は、その後の自分自身の医師経験も深まって「来るべきときが来たか」と淡々と受け入れました。
父を失ったとき母は69歳で、その後、とにかく心臓外科手術の腕を磨くことに没頭し寝る間も惜しんで働いた息子の体を気遣ってくれました。最晩年は認知症が進みましたが、孫にも恵まれ、幾度か一緒に旅行もできたのでそれなりに幸せな老後だったのではないかと思います。丈夫なイメージが強かった母でしたが、最後はあっけない死でした。
私が医師になったときには考えられなかったことですが、母のような90代の人でも、心臓外科手術ができる時代になりました。順天堂大学医学部付属順天堂医院心臓血管外科では、80歳以上の患者さんの割合が2008年には6.3%でしたが、2014年には13%。約8人に1人は80歳以上で、手術を受ける患者さんの平均年齢は年々上がっています。
「何歳まで心臓の手術が可能ですか」とよく聞かれますが、「○歳まで手術ができる」、あるいは、「○歳になったら手術ができない」といった明確な数字はありません。自分で身の回りのことができ、心臓以外に大きな病気がなく、健康状態がよければ何歳でも手術が可能です。私がこれまで手術をした最高齢は98歳の女性です。その方は、「新築した家に夫の仏壇を据え付けるまで死ねない」と、自ら手術を希望されました。
医学界では、心臓病やがんの手術には高額の医療費がかかるために、80代、あるいは90歳以上の高齢者に手術を行うことに意味があるのか、たびたび議論になっています。私自身も、今から10数年前に初めて経験した超高齢者に対する手術の意味を何となく見出せずに悩んだ時期があります。問題は、80歳以上の平均寿命を越えつつある患者さんに、身体の負担と療養を強いる心臓手術を医学的判断だけで受けてもらって良いのかということと、高額な医療費を再生産性の低い超高齢者に費やしてしまって良いものか、という2点でした。しかし、症例を重ねる度に、元気になった患者さんたちが若い患者さんと同等かそれ以上に社会と密接に関与して、世の中を力づけようと努力されていることを知って、悩みは払拭されました。