高齢者が地域を守り、子どもを育てる

最近の社会問題で私が最も気になっているのは「少子化」です。平日は毎日、主に60代から80代の方の心臓の手術を執刀していますが、高齢者の方々と接すれば接するほど、少子化で子どもや若者が減り、活気がなくなったこの国の行く末が気になって仕方がないのです。私が生まれた1955(昭和30)年には15歳未満の子どもの人口は全人口の3割で、65歳以上の高齢者は約5%でした。ところが、現在は、15歳未満は全人口の12.7%で、65歳以上は26.4%と高齢者が子どもの数を大きく上回り、少子高齢化が進んでいます。

順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授 天野 篤

高齢者の割合が増えているので、私が専門とする心臓血管外科をはじめとして、ほとんどの分野で高齢者医療に膨大な医療費が投入されています。医療を社会が健全に前進していくための事業の1つと捉えれば、高齢者が治療を受け過ぎて疲弊して終末期を迎えるだけでは意味がありません。病気の治療によってある程度元気になった高齢者の知恵を社会に還元してもらえれば、高齢者医療に医療費がかかったとしても、社会の再生産につながると思います。そこに真剣に取り組むと共に、少子化を何とか食い止めたいという思いがあります。

手術の腕を維持したままタイムスリップできるとしたら、30代前半だった1980年代後半に戻りたいと思います。当時、私は亀田総合病院(千葉県鴨川市)の心臓血管外科に勤務していました。まだそれほど少子化は進んでいませんでしたし、バブル景気まっただ中だったこともありますが社会はエネルギーに満ちていました。

しかし、昔を懐かしんでばかりいても仕方がありません。少子化を打開する方法は大きく2つ考えられます。1つは、子どもを産みやすい環境を整えて出生数をふやすこと、もう1つは、教育や文化を共有できるような人たちを移民として受け入れることです。日本の文化の中では、出生数を増やすほうが取り組みやすいはずです。そのためには、地域の中で子育てをする環境を作ることをもう一度考え直す必要があるのではないでしょうか。

例えば、若い世代が働きに出ている間は、祖父母世代の高齢者が地域を守り、子どもの世話や見守りをしてくれるような環境が整うといいですよね。保育園、託児所、塾など、子ども対象とした事業はそれなりに増えてきているのですが、費用が高いものもあるので、誰もが利用できるわけではありません。私たちが必死になって手術をして元気になられた高齢者の方々が、子育て世代の応援団として地域で活躍してくだされば、高額な医療費がかかったとしても社会還元につながるのではないかと思うわけです。