安易な理由で医師を志して欲しくない

順天堂大学医学部心臓血管外科教授 天野 篤

世間では空前の医学部ブームが続いています。読者の中にもご本人、あるいは息子や娘が医学部を目指している人がいるのではないでしょうか。

でも、「偏差値が高いから」「医師は食いはぐれがないから」などという安易な理由で医師を志して欲しくないと思います。

心臓外科医になって30年以上たちますが、こういう人は医師になってはいけなかったのではないかと思う医師に出会うことがあります。例えば、患者さんの話を聞かず、人の痛みを分かろうともしない医師です。皆さんも、患者として病院へ行ったとき、目も合わせずに黙ってパソコンの画面ばかり見ている医師に出くわしたことがあるのではないでしょうか。そういう人はいくら高校時代の偏差値が高くても医師失格です。

医師は診断・治療を行うだけではなく人の痛みや不安を取り除く職業であり、患者さんに寄り添いながら病気が体に及ぼす悪い影響も治療する職業です。日常生活でも、電車の中で体の不自由な人やお年寄りに席を譲ったり、自分のことより患者さんを優先する道徳観が求められます。単に勉強して偏差値を上げるだけでは、そういった道徳観は身につくはずがありません。

医師になるためには大学の医学部で6年間勉強して医師国家試験に合格し、研修医として2年間、内科、外科、小児科、産婦人科などを回って所定の研修を受ける必要があります。その後も経験と研鑽を積み続け、心臓外科医なら一人前の執刀医となるまでに10年~15年はかかります。

また、医師を要請する医学部や研修医療機関には、多額の税金が投入されています。国立大学はもちろん、私立大の医学部で学ぶとしても1人前の医師になるまでに税金を使っていることに変わりはありません。「自分の努力と実力のお陰で医師になった」と勘違いしている医師は意外と多いのですが、周囲の人、国民と社会に支えられて医師という職業は成り立っているのです。