天皇陛下の執刀医として知られる心臓血管外科医が、みずからの仕事哲学を綴った一冊である。“患者の顔を見ず、カルテばかり見ているような医師は、医師になるべきではない”“医師になったら世のため人のため、身を粉にして働かなくてはならない”“病を癒すだけでなく、人を癒すのが本当の仕事”など、プロとしての厳しい言葉が並ぶ。
大学病院の医師といえば、「白い巨塔」で描かれたような権力主義者のイメージが強いが、「大学病院の医者なんて、全然偉くもなんともないですよ」と断言。あくまでも患者の命と健康を守ることを最優先する。手術中に別の患者に関する電話がかかってきたら出ることもある。
「ほとんどの大学病院では、手術中の電話は取り次がないんですよ。手術中というのが金科玉条になっていて、相手もそう言われると何も言えなくなってしまう。でも実は手術なんて、トラブルが起きない限りそれほど頭は使わない。新米でもないのに“手術が大変だ”なんて言っている連中はたいしたことないと思っていいですよ」
手術中でも電話に出るのは、異変に早く対応すれば、それだけ早く治るからだ。「火事と一緒で、ボヤの段階で手を打つのが大事。症状が悪化してからでは、合併症の発生率も死亡率も高くなる」。仮に緊急事態ではなかったとしても、対応してあげるということが「サービスの基本」なのだという。
目指す医療は「早い・安い・うまい」。「早い」とは、手術のムダを省き、手術時間を短縮すること。「安い」とは、同じく手術のムダを省いて高額な手術材料費を抑え、患者の医療費負担を減らすこと。「うまい」とは心臓の機能回復だけでなく、手術痕の見栄えもいいということだ。
「低侵襲といって小さい傷を売り物にしている人がいるけれど、小さくたってその傷がミミズ腫れになったらダメでしょ。たとえ傷が大きくてもその傷がキレイに治ることを追求するほうが、医学のレベルとしては高い。そういう医学的な偽善を見抜かないとダメ」と厳しい。
自分を「実務家」「肉体労働者」と称する。年間500以上の手術を執刀。1日4件の手術を行うこともある。昼食は缶コーヒーとスナック菓子を軽くつまむ程度で、1日平均1.5食。患者に何かあったらすぐ対応できるよう、月曜から金曜まで病院のソファで寝泊まりする生活を十数年続けている。
なぜ、ここまで仕事に情熱を抱き続けることができるのか。答えは本書の中にある。