手術はパーフェクトだと思いました

つい先日、国事行為代行を解除され、その日から英国首相と会見されたので、心臓手術後の天皇陛下のご回復はほぼ予想通りに順調ではないかと思います。術後3カ月ころには、手術の影響が全くなくなるのを期待しています。

順天堂大学医学部心臓血管外科教授 天野 篤
1955年、埼玉県生まれ。83年日本大学医学部卒業。亀田総合病院心臓血管外科医長、新東京病院心臓血管外科部長、昭和大学横浜市北部病院循環器センター長・教授などを経て、2002年より現職。著書に、『心臓病名医の言葉で病気を治す』(誠文堂新光社)などがある。

一般的に患者さんの症状や心配事を手術で取り払うには、事前に十分説明して計画通りの手術をするしかありません。今回は、検査データから、最善と思われる手術経過を自分で組み立てて、それを確認しながら手術をしましたが、術中に確認を慎重に行った場面が3回ありました。一つ一つチェックボックスを開けていき、万全だと確信して手術を進めたわけです。

多くの場合に術中判断は、自分の経験と知識を総動員して3秒ぐらいで行います。患者さんのためになることなら、勇気を出して合併症と裏表の状況にも立ち向かわなければなりません。天皇陛下には術前の説明で初めてお話しする機会を得ましたが、その穏やかで広いお心に接して、手術後は必ずやお元気になっていただきたいと感じました。手術前より心臓の状態がよくなり、安心して外遊やご公務が可能にならなければ、これから自分がすることは全く意味をなさないと思ったので、勇気を持って進められたわけです。

会見では申し上げませんでしたが、終わった瞬間、僕はパーフェクトだと思いました。冠動脈バイパス手術自体はポピュラーな治療で、今回の手術も特別難しい手術ではありません。それでも、他の心臓外科医では到達しえないくらい完成度の高い手術になったという自負がありますし、手術を終えた瞬間に、手術適応を決定した永井良三教授(現自治医科大学学長)に心の中で感謝と終了の報告をしていました。東京大学との合同チームは今回が初めてですが、永井教授をはじめ、東大の方々が温かく迎えてくれたことは非常にありがたいことでした。

僕は、民間病院で手術経験を積んだ、ある意味異色の大学教授です。2002年に順天堂大学の教授になったときに、当時の理事長に、この病院には現職の大臣や国会議員が担ぎ込まれることもあるから、覚悟しておけよと言われました。もちろん患者さんが誰であってもベストを尽くすのは当然ですが、そういった特別な状況や慣れない環境でも最高の結果を出せるように意識して努力しました。

今回の天皇陛下の手術に限ったことではありませんが、執刀中は頭を使うのでなく五感を最大限に活かすようにします。目から入ったものに反応して自然に手が動いているような状態です。ですから、通常の手術はあまり疲れません。頭を使うのは予期しなかった非常事態が起こったとき。周囲が異常事態に目が釘付けになっても一つ頭を持ち上げて俯瞰して、もう一人の緊急事態用の自分が体に指令を出すようになっています。