順天堂に移ってから10年近く、平日は病院に隣接する研究室に寝泊まりしてきました。術後の急変にすぐに対処できるということもありますが、もう一つの理由として体力を温存して安定した手術ができるということが大きいです。家族には申し訳ない部分もあるけど、1時間弱の通勤のために体力を使うのは全く無駄だし、電車に乗って疲れると集中力をその時点で欠いてしまい、患者さんに申し訳ないと考えるからです。さすがにこの年になり研究室で生活するのは仙人みたいなので、もう少し住環境をよくすることを考え始めています。
僕は、最近、自分の仕事は「老春プロデューサー」だと考えるようになりました。現代では、老いるというのは否定的な意味に捉えられますが、江戸時代の老中、大老のように、「老」には経験のある人、道を究めた人というニュアンスが入っているんです。人生を極めて“老後=老春”を謳歌するための心臓外科手術をするのが僕のミッション。本人の意欲があっても、体のエンジンである心臓がしっかりしていないと行動も制限されてしまいますからね。
手術した患者さんたちとゴルフを一緒にすることもあります。手術前に息切れし行動が制限されていた70代、80代の方が、手術後、フルに回って元気にされている姿を見ると本当に嬉しいです。陛下はリハビリも精力的に頑張られているようなので、以前よりも、お元気になった姿を拝見するのが待ち遠しいです。そういうお姿を見られるようになって初めて、手術は本当に成功だと言えるという気持ちは今も変わりはありません。
※すべて雑誌掲載当時
(福島安紀=取材・構成 和田裕也=撮影 ロイター/AFLO(代表撮影)=写真)