国立がん研究センターといえば、これまで“がん難民量産工場”と揶揄されてきた。嘉山氏は、この問題へ特に注力。患者本位のがん医療のための「がん難民対策プロジェクト」を立ち上げ、7月には「がん相談対話外来」をつくった。
「マスコミなどで、“がん難民”と言われている患者さんの多くは、実は医師とのコミュニケーションの齟齬などにより、先行きの不安感に苛まれたり、見捨てられ感を持ってしまった方々なのです。これを解決していくための方策として『がん相談対話外来』で、医師はもちろん、看護師、ソーシャルワーカー、臨床心理士、あるいは精神腫瘍科の医師などがきちんと患者さんの意思をくみ取り方針を示しながら、同時に医療の質を保証することを目指しています」
ほかにも、がん難民を生じさせる原因とされる要因の一つひとつを取り除いていくための政策を打ち出している。
薬剤の承認の遅れによって治療に支障をきたす“ドラッグラグ”については、その該当者数が現在6万~12万人いて、その人たちにかかる薬剤費は460億~1840億円になるという試算を出した。この数字をもとに国へ政策提言をしていく。
並行して、新薬の承認を促進しドラッグラグを解消するための治験を、従来の大学病院だけではなく、都道府県のがん拠点病院で行うという提案も進みつつある。
緩和ケア医療についても、各地域の病院や在宅医療施設との連携を深め、さらに充実を図っていく予定だ。“元気ながん患者しか診ない”と、多くの病院の医師から揶揄されてきた合併症を有する患者の対策については、10月に総合内科を設立した。医師は東大病院から糖尿病の専門医を派遣してもらうのを手始めに、今後も各大学病院との人事交流により解決していく予定だ。嘉山氏は全国医学部長会議のナンバーツーとして研究、臨床、教育を通じて全国を見渡せる地位にいたため、各大学病院とのパイプを持っているのも強みだ。
がんの情報開示については、同センターのホームページの刷新を進め、治療成績や治験情報などを順次公開している。今後は、患者に役立つ情報をさらに充実させていくという。
「がん登録」については、今までは、回収率が約30%で、しかも5年前のデータしかなかったため、使える情報として機能していなかったが、がん患者の利益になる情報のフィードバックを最優先と考え、できるだけリアルタイムの情報を把握し、同時にがん医療を国家戦略として考えられるデータに改めていく予定だ。
「『がん登録』の情報をもとに当センターが、治療のプロトコールをつくり、全国の治療現場にフィードバックすれば、がん治療の均てん化が、必ず実現します。このようなメリットがあることをきちんと説明すれば、患者さんは進んで登録に応じてくれるはずです。登録が進めば、ますますメリットが増えるという相乗効果が生まれるでしょう」
6つのナショナルセンターでは、バイオバンク構想を立ち上げることに合意し、ますます加速する高齢化社会に向けて、基礎研究から創薬までのグランドデザインを描いていくという。まさに日本のNIH(アメリカ国立衛生研究所)を目指すという。
今後は、欧米へのキャッチアップではなく、がん研究センター自らが、わが国の研究成果などを発信していくことの重要性も嘉山氏は強調する。教育についても、同センターに居ながらにして博士号を取得できるように、東大ほかとの「連携大学院」を創設する構想があるという。
経営面での改革も着々と進む。医師の待遇については、レジデント(研修医)の年収を約350万円から約550万円に引き上げた。
嘉山氏が中医協でも主張する“ドクターフィー”は、さしあたって、がん相談対話外来と手術に従事する医師について実施している。
今後は、医療秘書を採用し、医師の雑務の負担を軽減する考えもあるようだ。
「労働に見合った対価を払うことは大切なことです。これは単に金銭的なことではなく、自分の仕事が正当に評価されていると感じることでモチベーションが上がるからです。改革は、職員の納得が得られないと成功しません。政府の仕分けのように、あれもこれも削ってばかりでは朽ちるだけ。人も金も削らないで、いかに改革を進めるかです」
財務状況の立て直しも、ペットボトルの飲み物1本から、数十億のコンピュータシステムまですべてを見直し、嘉山氏自らが決裁することで功を奏している。4月から現在までで、経済状況は当初の計画に比較して大幅に好転しているという。