大谷翔平選手は今や米大リーグを代表する選手になった。彼の才能はどのようにして花開いたのか。成長を間近で見てきた元日本ハムファイターズ監督の栗山英樹さんは「自身の評価ではなく、選手の理想を意識するのが指導者の役目。思い出されるのは、大逆転でリーグ優勝を果たした2016年の試合のことだ」という――。

※本稿は、栗山英樹『信じ切る力 生き方で運をコントロールする50の心がけ』(講談社)の一部を再編集したものです。

11.5ゲーム差あったが、ワクワクしていた

思い起こせば、ファイターズの監督5年目の2016年、2度目のリーグ優勝を果たし、日本シリーズを制して日本一になったことがあります。しかしこの年、ファイターズは6月の時点で首位を走っていたソフトバンクに11.5ゲーム差をつけられていました。

プロ野球の長い歴史でも、これほどの大差を跳ね返して優勝したチームは数えるほどしかありません。ほとんどの野球関係者は、パ・リーグの優勝はソフトバンクだと考えていたと思います。

しかし、僕はあきらめていませんでした。むしろ、ワクワクしました。

「ここまで差をつけられて、もしひっくり返したら、これは面白いな」

追い詰められたときのほうが、僕は落ち着いていました。普通にやって勝つ以上に、落ち着いていました。

「そうか、こうなれば、やっちゃいますか」とまで思っていました。

札幌ドームの監督室の壁に、『真に信ずれば知恵は生まれる』と書いた紙を貼りました。僕は自分に問いかけました。お前は本当に勝とうとしているのか? 勝とうとしているんだろう? 選手に喜んでほしいんだろう? 選手を信じているんだろう? それなら、勝つことから逆算していま何をしなければいけないのか、知恵を絞るべきだろう?

栗山英樹:1961年生まれ。1984年にヤクルトスワローズに入団。引退後は日ハムの監督を10年務めた後、2022年から日本代表監督に就任。2023年3月のWBCでは、決勝で米国を破り世界一に輝いた。
撮影=塚田亮平
栗山英樹:1961年生まれ。1984年にヤクルトスワローズに入団。引退後は日ハムの監督を10年務めた後、2022年から日本代表監督に就任。2023年3月のWBCでは、決勝で米国を破り世界一に輝いた。

ヤマ場の3連戦に「1番、ピッチャー、大谷翔平」

11.5ゲームの差です。普通にやっていたら流れは変わらない。思い切ったことをやるしかないと思いました。こういうときは思い切れるのです。

ソフトバンクは、2014年、2015年と日本一に輝いていました。僕たちは前年、17もの貯金を作ったのですが、それでも2位だった。ソフトバンクは本当に強かった。そのチームに大差をつけられているのです。

この年もある程度、戦っているのに、こんなに差が開いてしまった。追い越すどころか、追いつくのさえ至難の業。しかも、予算も潤沢にはない僕たちが、知恵と工夫で彼らを上回ることができたら、どんなにうれしいことか。

「何か大きなことをしでかしてやるぞ」と思いました。どこかでインパクトのある戦いをしなければいけなかった。

折しも7月頭にソフトバンクとの3連戦がありました。どうやったら、大きな手が打てるか。1ヵ月ほど前から考えていたことを実行に移しました。

「1番、ピッチャー、大谷翔平」

実は事前にまわりのスタッフに伝えたら、苦笑されました。

「監督、もう何をやっても大丈夫ですから。好きなようにやってください」

僕のことを最も理解している人たちに、こう言ってもらえた。そのくらいインパクトがあるなら、可能性はあるな、と思いました。