初回、先頭バッターとして入った大谷選手の一振りは…

ソフトバンクの本拠地で流れた先発と打順のアナウンスに、球場がどよめきました。良かったな、と思いました。これで勝ち切ったら何か意味があるな、と思ったのです。

選手たちがどう思ったのかはわかりません。文句を言いたかった選手もいたかもしれない。しかし、面白いと楽しんでくれたのだと思います。こんなことが、本当にやれるんだ、と。

プロ野球の世界では、ありえないことでした。先発ピッチャーが、初回の先頭バッターになるのです。もし、フォアボールで出たりしたら、ずっとランナーで塁上にいる可能性がある。そうなれば、ピッチング練習もしないで次の回に投げるのです。

とんでもないことだな、とみんな思いながら翔平を見つめていたら、もっととんでもないことが起きました。初回の先頭バッターとしてバッターボックスに入った翔平は、いきなり初球を右中間スタンドに放り込んだのです。

ホームランを打ち、ゆっくりベースを回って、歩いてベンチに帰ってきました。そして、悠々とピッチングの準備を始めました。この試合を2対0で勝利しました。

実は前日、翔平を呼んで僕は伝えていたのでした。

「明日、1番ピッチャー、大谷で行きます」

翔平は、ドラフト後の交渉のときのようにじっと黙って僕の話を聞いていました。

「ホームラン打ってきまーす」で本当にやってしまう

「まあ翔平、いろいろ言われるかもしれないけど、いきなりホームラン打って、ゆっくり帰ってきて、1対0で完封すれば、それで勝ちだから」

翔平はうなずいて、何も言わずに出ていきました。そして、試合当日、

「ホームラン打ってきまーす」

とベンチで僕に告げて、打席に向かったのです。ホームランしか狙っていなかった。そして、その通り打ってしまう選手がいるのです。やっぱり、本当に野球はすごい。想像をはるかに超えることが起こるのです。

オールスター戦の3回、先制の3点本塁打を放ったナ・リーグの大谷翔平(ドジャース)=2024年7月16日、アメリカ・アーリントン
写真=時事通信フォト
オールスター戦の3回、先制の3点本塁打を放ったナ・リーグの大谷翔平(ドジャース)=2024年7月16日、アメリカ・アーリントン

こういったことの中から、「これは何かが起こるぞ」というムードになっていた選手たちが、優勝することを信じ始めた。

「この監督、ムチャクチャだけど、この人の言うことを聞くと、もしかするといいことが起こるかもしれない」

そんなふうに感じてくれたのかもしれません。

監督は、結果なのです。結果を出していくことで、信用は大きく高まっていくのです。いくら監督が「優勝する」と言っても、それを行動に移さないといけない。その様子を見て、選手たちは勝つことをより強く信じられるようになり、本気で勝負していくのです。

僕は、「11.5ゲーム差を絶対にひっくり返す」とメディアの取材で言っていました。「監督はそうは言うけど」と選手は思っていたでしょう。しかし、そこでいかに本気になってもらうか。それには、思い切ったことが必要だったのです。

だから、優勝を信じ切ることができたのです。