振り込め詐欺の巧妙な手口
コンピュータによる決断(指定)の引き金の軽さ、言ってみれば、手ごたえのなさが私たちの弱点につけ込み、思いもよらぬ大事を引き起こす。
個人宛メールをMLに投稿して赤っ恥をかいたり、書きかけのメールの「署名」ボタンと「送信」ボタンの操作を誤り下書きのままで送ってしまったり、アプリケーションソフトのおせっかいな自動化が災いして、文書を既存ファイルに上書きして貴重なデータを消してしまったり、などなどパソコンやスマートフォンを使っていて、うっかりミスに泣かされた経験のない人はほとんどいないだろう。
振り込め詐欺には、「税金の還付をするから」と老人を銀行のATM(現金自動預け払い機)に誘い出し、ケータイで「還付」手続きを受ける操作を指示していると見せかけて、実際には「振込」操作をさせて大金をせしめるといった手の込んだものがあるが、ATM(コンピュータ・システム)に対する不慣れを犯人につけ込まれたケースである。
サイバーリテラシー・プリンシプル(16)<コンピュータが人間の弱点につけ込み思わぬ事態を引き起こす>の典型的な事例が、2005年の「みずほ証券株誤発注事件」である。東京証券取引所の新興企業向け株式市場であるマザーズに人材派遣会社、ジェイコム株が新規上場された12月8日、顧客から「ジェイコム株を61万円で1株売り」の注文を受けたみずほ証券担当者がうっかり「1円で61万株売り」と金額と株数を逆に入力したばかりに、わずか十数分の間にみずほ証券は約400億円の損失を蒙った。
詳しい経過は『IT社会事件簿』を見ていただくとして、このような事態は証券取引所が電子化される以前、すなわち仲買人が一堂に会して手や口で、要は肉体を使って取り引きしていた場合には起こらなかった。金額と株数を間違えること自体、ふつうには起こらないだろうが、たとえその場合でも、誤りは本人にも周囲にもすぐわかり、「ごめん、ごめん」と赤面しつつ訂正してそれでおしまいになる話である。