やさしさと礼儀正しさがにじみ出ていた

元情報員は文化大革命を生き延びた世代で、英国をこよなく愛していた。完璧なオックスブリッジ英語を話せば、現地では相当に信頼され、人脈も広がったことだろう。インテリジェンス機関にとって、得がたい人材だったはずだ。

人柄も申し分なく、立ち居振る舞いに優しさと礼儀正しさがにじみ出ていた。諜報活動のプロは、誰の目にもジェントルマンだった。

引退後の彼は、政府と無関係――ということになっていた。旅行会社の幹部なら、外国へ頻繁に出かけても怪しまれない。諜報活動に便利な立場であることに、学生だった私は気づかなかった。

スパイ養成機関の女子学生たち

私が学んだ北京第二外国語学院は、外交官をめざす若者が集まる大学で、首相だった周恩来の肝いりで創設された。政府の外交部(日本でいえば外務省)に入る卒業生は多く、現在の王毅外相も私の6年先輩にあたる。

あくまで表の外交を担う人材の養成機関だから、スパイや工作員とはほとんど関係ない。情報機関に採用される者は、ごく少数にとどまる。

スパイの養成で知られるのは北京にある国際関係学院と、軍系では洛陽の解放軍外国語学院。ほかに国防部や中国共産党中央対外連絡部(中連部)にも情報部門があって、人材を育成している。私が見るかぎり、主要な機関はおおむね独自の情報部門があると考えてよい。

女性の要員は、選抜によく知られた傾向がある。例えば日本へ送るのは、福建省や浙江省の出身で小柄な女性。中国側から見て、日本人男性が好みそうなタイプだ。欧米向けには、内モンゴルや東北、西北出身の長身の女性が選ばれる。欧米人の好みに合うと考えられているからだ。

スパイ養成機関の女子学生も、ハニートラップに備えてあらゆるタイプがそろっているといわれる。