日本人を狙うハニトラ
彼女が名前を変えた意味を本当に理解したのは、何年もたってからだ。本名と過去を捨て、別人となって任務に就くためだろう。
中国とかかわる外国人が、常に用心すべきはハニトラ、マネトラ。「シンシーじゃあるまいし、罠を仕掛けるなんて絵空事だ」と笑い飛ばすことはできない。実際、中国で日本人がトラップにかかったとみられる事件はいくつも起きている。
2004年5月、上海の日本総領事館で、電信を担当する男性職員が自ら命を絶った。職員は上海市内のカラオケ店で知り合った中国人女性と親密になっていた。中国の公安当局者が女性を介して職員に接触し、やがて公電(暗号電報)のシステムなど機密情報の提供を迫ったとされる。職員は複数の遺書を残した。読売新聞(2006年3月31日朝刊)が要旨を報じている。
日本政府は2004年5月と05年12月に中国側に抗議したが、中国外交部は日本側の主張を否定した。
2006年には、同じカラオケ店で働いていた女性に会うため、海上自衛隊の1等海曹が無断で上海への渡航を繰り返していたことが発覚した。1年余りのあいだに8回にのぼる。1曹は外国艦船の識別用資料などを無断でCDに複製し、基地内の寮の自室に置いていた。海自は、渡航と複製は無関係で、資料を海外に持ち出したり情報を漏洩したりした事実はないとしている(朝日新聞2006年8月5日朝刊)。
いずれの事件でも、相手の女性が中国情報機関の工作員だったかどうかは、公開された資料では確定していない。ただ、日本人の弱みを握り、情報を引き出すしくみが機能していたことは想像にかたくない。
日本の要人や政府関係者が中国でハニトラにかかったと聞くたびに、私は女子寮の階段で震えていた彼女の姿を思いだす。真面目で、いかにも優秀そうな学生だった。
国際関係学院で名前を変えた彼女は、卒業後どこでどんな仕事に就いたのだろうか。
検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます

