私が出会った本物の工作員たち
画面には、個人的に懐かしい顔が登場している。中央アジアにある架空の国「バルカ」の警察官チンギス。演じているのは、モンゴルの人気俳優で、私は顔見知りだ。
医師の柚木薫を演じる二階堂ふみさんのモンゴル語にも感心した。第1シーズンより、ずいぶんうまくなっている。
第2シーズンでカスピ海沿岸とされる荒野は、私が生まれ育ったオルドス高原によく似ている。故郷の風景を眺めているようだ。
ただし、現実の諜報員はドラマとは違う。シンシーのように、見るからに残忍で癖の強い悪党ばかりの集団は、現実には目立ってしかたがない。本物の工作員は、各地で暮らす庶民に溶け込んでいる。拍子抜けするほど地味かもしれない。少なくとも、私が出会った実際の工作員たちは、いたって善良そうなタイプだった。
諜報のプロだった優しい語学講師
中国の工作員に初めて接したのは1984年秋のこと。正確には、元工作員だ。
北京第二外国語学院に通っていた頃で、私たちは、英語が話せる旅行ガイドの男性から、通訳の心得について講義を受けた。50代後半の物腰が柔らかいおじさんだった。
ある日、講師は授業中の雑談で自らの経歴を語った。
「私は総参謀部の情報部門にいたことがあって……」
総参謀部とは、人民解放軍で作戦と情報を統括していた中枢機関。正式には「第二部」と呼ばれる情報部門は、インテリジェンス活動を展開していた。つまり、人民解放軍の「別班」みたいなものだ。
彼の説明によれば、情報部門の要員はリタイヤが早く、50歳で引退したそうだ。ただし、スパイだけあって退職するにも、ただ辞めればいいのではない。在職中に知り得た機密を忘れるため、職務と無関係の農村へ送られ、少なくとも3年間の肉体労働に従事する。
囚人の強制労働ではないとはいえ、木の伐採など汗を流す作業だったという。寝起きする施設に新聞やテレビ、ラジオはなく、外部の情報から完全に遮断されていたらしい。
3年間の肉体労働で、機密情報の記憶を消す効果があるかはわからない。農村から戻った彼は、得意の英語を活かして旅行会社に就職し、幹部クラスになっていた。
「私が話すのはオックスブリッジだから……」と誇らしげに語っていた。英国のオックスフォード大学、ケンブリッジ大学の周辺でしか使われない上品な英語のことである。語学力がまったく衰えないのだから、機密情報だけすっかり忘れたとは思えない。

