中国人の熾烈な「引き抜き合戦」

コックの引き抜き合戦は熾烈だ。日本の飲食店のコックの採用と違い、在日中国人の採用は転職サイトなどを使わず、知人の紹介や業界のSNSで行うことがほとんどだ。あそこの店に腕のいいコックがいると聞けば、人づてにその人に接触したり、自身の店のコックから声を掛けてもらったりする。

コックたちは今より条件のいい店に次々と転職していく。ガチ中華ブームのいまは売り手市場だ。そこで、もともと東北地方の出身で東北料理店のコックをしていたが、ガチ中華ブームで増えた四川料理店や湖南料理店のコックに鞍替えする、という現象が起きている。

それ自体、別に悪いことではない。基本的にコックの腕があり、店の味をしっかり覚えれば、出身地がどこであれ、まったく問題ないはずだ。中国でも、北京や上海などの大都会では、地方から出てきたコックが料理するというケースはいくらでもあるだろう。

しかし、在日中国人(とくに日本の中華の味にまだ慣れていない人)からすると、「ガチ中華がはやっているというけれど、本場と同じ味ではない。かなり違う」とがっかりすることがある。もともと日本の中華料理に対する不信感や期待値の低さもあって、「やはり……」と残念に思うようだ。

レストラン キッチン
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筆者は「おいしい」と感じたが…

私は親しい上海料理店のオーナーにもこの疑問をぶつけてみたことがある。その店でもコックは東北出身者だが、上海出身のオーナー自身も料理ができるので、厳しく指導した結果、そのコックはすばらしい上海料理を作れるようになり、今では安心している、と話してくれた。

しかし、それはオーナーが店にいて、味にも厳しい場合だ。「経営・管理」ビザなどで来日したオーナーが、ビザ維持のために、手っ取り早く中華料理店を開業したものの、ほとんど店に顔を出さず店長にまかせきりの場合、本場の味を出せているかといえば、必ずしもそうとは言えない。

冒頭で紹介した四川料理店の経営者は知らないが、日本在住歴が浅い四川人からすると、がっかりさせられるレベルだったのだろう。四川省に何度か行ったことはあるが、四川料理を食べ尽くしたというほどの経験がない日本人の私は「おいしい」と感じても、四川省出身者の舌を満足させることはできなかったのだ。

在日中国人の人口が94万人という規模にまで膨れ上がり、彼らが日本でブームの「ガチ中華」に少しだけ期待して食べに行く機会が増えたことによって、日本人がまったく知らない間に、このようなことは増えているのではないか、と考えさせられた。