日本風にアレンジしていない中華料理「ガチ中華」のブームが続いている。中国事情に詳しいジャーナリストの中島恵さんは「日本人から評判のいい店でも、ガチの中国人にとっては違和感を覚えることが多いようだ。背景に“料理人の引き抜き合戦”がある」という――。
麻婆豆腐
写真=iStock.com/Thai Liang Lim
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日本で四川料理を食べた、四川出身者の本音

東京近郊を中心に「ガチ中華」が流行している。

先日、私は来日してまだ日が浅い在日中国人と都内のある四川料理店に食事に行き、少し考えさせられる出来事があった。そこは日本人のSNSでは評判のいい店だったが、料理を口にした中国人はがっかりした様子。なぜなら、その店のコックが「四川省出身ではなかった」からだった――。

私はその中国人の故郷の味を、と思い四川料理を選択したのだが、自分が一度も行ったことがない店だったので少し不安だった。しかし、メニューを見ると、代表的な四川料理である麻婆豆腐、回鍋肉、エビチリといった料理が並んでおり、ほかに湖南料理のメニューもいくつかある。店内の雰囲気もいい感じだ。そこで、私たちは2人とも麻婆豆腐を注文。しばらくして料理が運ばれてきた。

私は「おいしい」と思ったのだが、その中国人は黙って食べていた。しばらく雑談をしていたところ、中国人らしき店員が水をつぎ足しにやってきた。すると、その中国人は中国語で店員に「この店のコックはどこの出身ですか」と聞き、店員が「東北、遼寧省だと思います」と答えると、中国人の表情が急に暗くなった。そして、店員が立ち去ったあと、私に小声でこう言ったのだ。

「来日してから不思議に思うことのひとつが、なぜ、日本では、四川料理店なのに東北出身のコックが料理を作るのか、という疑問です。以前も同じことがありました。四川料理と東北料理は同じ中華といっても、全然味が違います。やはり四川料理は四川人が作らないと本場の味が出せないと思うのですが……。すみません、こんなこと言って……」

「ガチ中華ブーム」で料理人が足りない

実は、私もその点は以前から気になっていた。店員や店長と親しくなり、コックが何省の出身かと聞くと、店長が「東北出身です」と答えることがこれまでに何度もあったからだ。

具体的な名前は出せないが、その疑問(なぜ四川料理なのに東北出身者が作るのか)について、都内で数店舗の中華料理店を経営する中国人に以前聞いてみたことがある。その店ではコックに新規メニューを開発させたり、社内でコンテストを行って競わせたりと、人材育成に熱心だったが、ここ数年、採用自体が難しくなっていると話していた。その経営者は言う。

「理由はいくつかあると思います。四川料理に限りませんが、まず中国側の事情として、コロナ禍で出国が難しくなり、ビザが取得しにくくなったこと、中国でもある程度の腕があれば稼げて、日本より給料がいい場合もあり、わざわざ慣れない日本に来てまで働く必要がなくなったことが背景にあります。

次に日本側の事情として、コロナ禍が始まった2020年頃からガチ中華ブームが起きたことです。これによって、コックの絶対数が足りなくなり、引き抜き合戦が起こりました」