安倍晋三首相は消費にお金が回るよう、日本経済団体連合会などの財界に再三にわたって2013年の春闘で労働者の賃金をアップするように要請をしてきた。セブン&アイ・ホールディングスが4年ぶりのベースアップを行い、組合員平均で賃金を昨年比1.5%引き上げるなど、確かに一部では応える動きが見られた。しかし、大半の企業は賞与のアップや定期昇給にとどめて、賃金改善につながるベースアップには手をつけないままで終わった。

図を拡大
図8 逆相関する労働分配率と人件費の伸び率

経営サイドが賃金アップを渋る際の“天下の宝刀”が労働分配率である。「すでに労働分配率が上昇していて、これ以上賃金を引き上げると、収益を悪化させて雇用削減に踏み切らざるをえなくなる」という理屈を持ち出してくるのだ。労働分配率は「人件費÷(営業利益+人件費)」で求められる。図8は人件費の伸び率と労働分配率の推移を示したグラフ。これを作成した熊野さんは「労働分配率が上昇しているのは営業利益が減っているから。課題は人件費を抑えるかではなく、むしろ営業利益をいかに増やすかなのです」と指摘する。

続けて日本総合研究所調査部長の山田久さんが次のように語る。

「金融緩和で円安に振れて輸出企業が少し楽になるなど、アベノミクスを評価できる面もあります。ただし、金融緩和だけでデフレ脱却を図ろうとすると、バブルになる危険性があります。ここからは財政再建とともに成長戦略の実現へ重点をシフトさせていくことが大切です。成長戦略が軌道に乗って企業業績が持続的に上向いていけば、それにともなって賃金もアップし、物価も安定して上昇していきます」

日本はこれから人口減少の時代に入り、国内の市場が徐々に縮小していく。景気循環で好況の波を待っているような姿勢では、企業収益を増やしていくのは到底無理。いままで手をつけずにきた不採算部門を見直し、成長戦略に基づいた新たな収益セクターに経営資源を集中的に投じていくリストラクチャリングが待ったなしの状態なのだ。