84歳でも毎朝、化粧をしている
私は84歳になる現在でも、毎朝、化粧をしている。
「それはどこにでもある石鹸ですよ」と言って、うちの者たちに笑われているが、汚れ落ちの好い石鹸である。
ラックスで、ぶるぶると洗っただけの顔の上に、これも普及品であるポンズと言うクリームをつけ、その上に資生堂のオリーブ油を一、二滴、さっと塗ってから、マックスファクターの肌色の粉白粉を、パフでなく、昔風の、小さな板切れのさきに、毛を植えただけの小さな板刷毛で、すっすっすっと刷く。
頬には、どこ製のものかよく分からないが、近所の化粧品店で売っていた、ジャコフェイスカラークリーミーと書いてある頬紅を、ほんの少し、指の先につけて、塗るだけであるから、この化粧に要する時間は、ほんの5分か10分しかかからない。
これだけの化粧をして、私は鏡を見る。
「あっと言う間に仕上げる」が美肌のコツ
「きれいだ」と自分で自分に言うのだから、呆れたものである。しかし、私のこの顔を見た人はよく、「お化粧の肌がとてもきれいですね。そんな肌になさるのには、肌の手入れだけで、20分はかかるでしょうね」と言う。いろいろなものを丹念に塗りたくって、やっと作り上げたものなのに違いない、と言うのである。
それは全く見当外れと言うものである。私の化粧した顔がきれいに見えるのは、いろいろなものを塗りたくって、これだけのものを作り上げたのではない。その反対で、あっと言う間に出来上がるからである。
いろいろと塗りたくって、いじくり廻すのではなく、あっと言う間に仕上げるから出来るのである。それが、コツ、と言うものかも知れない。
人と言うものは、或るチャンスで、はっと眼がさめることがある。さめて見ると、何ァんだ、と思うものである。
色黒の人に白いものが似合わないとすれば、あの、印度人はどうであろう。褐色の肌と真っ白い服とが、何と美しく照応していることであろう。色黒には、白いきものは着られない、と言うのは、迷信である。
また、私の話になるが、私はもう80歳になった。その上に、色黒である。それだのに、自分は白地のものは着られない、などとは思わない。着られる。平気で着ていると、人の眼にも、決して、へんてこな印象を与えないものと思う。

