山形県天童市に、全国150社を超える農家を束ねる農業会社がある。ねぎびとカンパニーだ。代表の清水寅さんは、19歳で大手消費者金融会社に入社した当初、漢字もまともに書けず、割り算もできなかったという。そこから営業トップに上り詰めるなどした後、ネギ農家に転身。1本1万円の超高級ネギで注目を集め、いまや年商38億円の会社を率いる。農業とは無縁だった男は、なぜネギに賭け、どうやって全国の農家を束ねるまでになったのか。農業ライターの鈴木雄人さんが取材した――。(後編)
清水寅さん
写真提供=ねぎひとカンパニー

「勉強は苦手だった熱血漢」7社の社長を歴任

全国のネギ農家には、長年ある悩みがあった。

せっかく良いネギを作っても、その日の需給次第で価格が決まり、豊作になれば値崩れする。個々の農家では十分な物量をそろえられず、大手スーパーや外食企業との安定した取引も難しい。

そんな農家たちの「売れない」「安く買い叩かれる」という悩みを、仕組みで解決したのが、ねぎびとカンパニーの代表取締役・清水寅さんだ。

清水さんは全国150社を超える農家を束ね、「葱出荷組合zero」を設立。各地の農家から長ネギを買い取り、スーパーや外食企業へ直接販売する仕組みを作った。個々の農家では難しかった物量と安定供給を、全国の産地を束ねることで実現したのである。現在、ねぎびとカンパニーの売上高は約38億円。そのうち約7割、約27億円をzeroの買い取り・直販事業が占める。

では、農業とは無縁だった清水さんは、なぜこの世界に入り、農家の悩みを解決する仕組みを作るまでになったのか。

1980年に長崎県で生まれ、学生時代は体操や卓球一筋で勉強をしてこなかった清水さんは、19歳で大手消費者金融会社に入社した。当時は小・中・高校とスポーツ漬けの生活だったため、漢字もまともに書けず、割り算すらできない状態からのスタートだった。それでも「何事でも一番になりたい」と、早朝から深夜まで業務で使う漢字や数字を猛勉強した。

「0%の才能と100%の努力」を掲げて他人の何倍も働き、異例のスピードで営業トップへ上り詰めると、その実力を買われ、21歳で成績最下位の支店の立て直しに抜擢された。わずか半年で日本一の成績にまで立て直し、25歳で全営業部隊のトップに。その後は関連会社のホテル、ゴルフ場、不動産など7社の社長を歴任した。